腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
「ところで食欲はどうですか?」

テーブルを熱心に拭きながらそう質問され、私は首を横に振る。

もう六月も下旬に入ったというのに、私は相変わらず食欲がないままだった。

六月。本当だったら入籍、そして結婚式、ハネムーン……。私はその瞬間、世界一幸せな女の子になれるはずだった。

「はは、吹っ切れてるつもり、なんですけどね……」

私は毎日鷹峯さんに夕ご飯とお昼のお弁当を作っていたけど、自分はほとんど食事が()れない日が続いていた。

朝食は先に起きる鷹峯さんが用意してくれて、トーストとヨーグルト、最近はベーコンエッグとかも食べられるようになってきた。でもそれでお腹が一杯になってしまって、一日の食事はほとんどそれだけで終わってしまう。

それが春夏に生気を吸い取られているからなのか、大失恋のショックを引き摺っているからなのか、はたまたその両方なのかは自分でも分からない。

どちらにせよ生まれてこの方中肉中背がアイデンティティだった私だけど、この三ヶ月でみるみるうちに体重が減っていき、持っていた服も全てぶかぶかになっていった。

痩せたというより、やつれたという感じで全然綺麗ではないんだけど。

「……最初に挨拶に来た時より、随分と細くなりましたね」

「ですよねぇ」

前に鷹峯さんに見られてしまった紫色の下着も、胸が痩せてサイズが合わなくなった。泣きたくなる。

そんな話をしているとテーブルの上のスマホが鳴る。女友達からのLIME連絡だった。

『やっほ〜元気!? 昨日あんたの元カレ見たんだけどさ、なんか知らない女と歩いてたよ(笑)』

この女友達は結婚式に招待していた子だ。婚約破棄されて結婚式は白紙に戻ったことを伝えているはずなのに、こんな無神経な連絡をしてくることに怒りを通り越して何だか笑えてくる。友達って何だろう。

〈ねぇちょっと、こいつめちゃくちゃ失礼じゃない? 友達のふりした(フレネミー)ってやつじゃないの〉
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