腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
「はぁ……せっかくの外出だったのに、とんだ邪魔が入りましたねぇ」

ショッピングモールを出てしばらく歩いたところで、鷹峯さんはようやく歩みを緩めて私の手を離す。

「あっ……」

〈あぁ〜ん、もっと繋いでいたかったのにぃ〜! ね、聖南!?〉

私が言葉に出せない気持ちを、聖南が代弁する。

「ねぇ、夕飯は何か美味しいものでも食べに行きませんか?」

奢りますよ、と鷹峯さん。

「そ、そんな……悪いですよ。ていうか、あの、五百万っ……」

「ああ、あれは本当に気にしないで下さい。そのくらいの額、あんな厄介なのにいちいち絡まれることを考えたら安い出費ですよ」

端金(はしたがね)です、と鷹峯さんは涼しい顔でそう答える。こんなこともあろうかと、念のため小切手を持ち歩いてくれていたらしい。



ちなみに小切手は普通、会社経営などをしている人しか使えないけれど、そこはさすがの鷹峯さん。信頼できる知り合いの社長さん(しかも私ですら知っているような有名な社名の!)に頼んで、(あらかじ)め話をつけておいてくれたのだとか。

お金はもちろん鷹峯さんのものだけれど、闇金がこの小切手を使う時、必ず銀行が一枚噛むということが重要なんだそう。

難しいことはあまり分からないけれど、簡単に言えば銀行から足がついて闇金業者の逮捕への足がかりになる、という寸法らしい。

もちろん、闇金業者がそこまで頭を回して小切手を使わなければ、それはただの紙切れに過ぎない。まったく頭のいい人の考えることってすごいわ。



でもいくら鷹峯さんがお金持ちで一般庶民とはかけ離れた金銭感覚の持ち主だとしても、五百万が端金ってことはないだろう。

私に気を遣わせないようにそう言ってくれているに違いない。

「とにかく、私はもう疲れました。夕飯には少し早いですが、店を予約しますね」

そう言ってこの話を強制的に終わらせると、鷹峯さんはどこかの店へ予約の電話をかけ始めた。



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