腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
口の中で溶けたそれは、苦くまとわりつく。

「できれば辛いことなんてなくて、真っ白な光の道だけ歩いていきたい。皆そうですよね? でも後になって、楽しいことや嬉しいこともたくさん増えて、大切な人達に出会って、あの時の苦しかった思い出は私の人生の『傷』から『影』に変わっていく。光が強いほどに影は濃くなるけれど、過去を思い出して傷が痛むことも随分と減りました」

私はそう語る雛子ちゃんの顔を見つめる。幼く笑う彼女とは違った暗い影を落とす笑みに、きっと余程のことがあったんだろうと何となく思った。

「人生は選択の連続です。もしこのチョコレート達が全部同じ見た目だったら、時には引きたくない味を手にとってしまうこともあるでしょう。私達は常にロシアンルーレットをしているんです。選んでみるまで、それが本当に自分にとって選びたかった道かは誰にも分かりません。一見正しいと思った道が、実は間違っていることもある」

確かにそうだ。私だって航大との未来をなんの疑いも迷いもなく選んだけど、結局それは私にとって苦い経験となった。

「でもきっと、聖南さんなら大丈夫です」

雛子ちゃんはココアを一口飲んだ。私も口の中の苦味を流し込むように甘いココアを口に含む。

「嫌なことや苦労なんて絶対にない方が良いけど、起きてしまった過去は変えられないし忘れることもできない。でも、これからの選択次第で未来はいくらでも変えていけます」

雛子ちゃんの纏う雰囲気が、ふと軽いものに戻る。

「良いことも悪いこともいっぱい経験して、人として成長していく……ほら、よく言いますよね? 人生のスパイスとか、酸いも甘いも……とか。私にとって、それがブラックチョコレートなんです」

そう言って、雛子ちゃんははにかむように笑った。

そうか、お母さんが亡くなったことも、私の航大とのあれこも、全部ブラックチョコレートなのか。そう思うと、何だか少しだけ心が軽くなった気がした。

苦いけど、そこに痛みはない。

「雛子ちゃん若いのに……めちゃくちゃしっかりしてるね……」

「ええっ、そ、そんなことないですよっ……! 何だか生意気なことを言ってしまってすみませんっ……」
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