腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。

会いたくない

スマホが鳴っている。

表示されている名前はもちろん、鷹峯(たかがみね)さん。でも私は出ない。出たくない。

〈聖南……泣いてるの?〉

「うっさいなぁ……」

私がいるのはほとんど何もない部屋。そう、私が三年間借り続けないといけないいわくつき物件。

まさか鷹峯さんもすぐ隣の部屋に帰っているだなんて思わないだろう。灯台もと暗し作戦だ。

フローリングの床に三角座りしながら、私は一人悶々と不貞腐れていた。

率直に言えば、やっぱりショックだった。

鷹峯さんにセフレがたくさんいるのは最初から知っていたし、私は別に鷹峯さんの彼女でも何でもない。(わきま)えているつもりだった。

それでも心のどこかで、一緒に住んでいる自分は特別なんだと思っていた自分に気付いてしまった。

玄関先で乱れている二人の姿を見た時、何だかまるで彼氏の浮気現場に遭遇したような何とも言えない気持ちになってしまったのだ。

「あー、もう……なんでだろ……なんでこんな気持ちになるのか分かんないよ」

〈あんたやっぱり……鷹峯さんのこと好きなのね〉

「え!? な、ないでしょ……だって……」

〈だって?〉

「……」

そう思ったけど、考えてみれば好きにならない理由もない。

イケメンのお医者さんってステータスはある意味すごい。でも鷹峯さんの魅力はそこじゃない。

路頭に迷った私を家に置いてくれて、身体の心配もしてくれて、たくさん甘やかしてくれて。

掃除にうるさいし、潔癖症だし、意地悪言うし、私のことからかうけど、でも。

時々、すごく優しい心からの笑顔も見せてくれて、私はその笑顔にどうしようもなくときめいてしまって。

「私は……鷹峯さんのこと……」

好き……なんだ……。

〈ようやく気付いたの?〉

春夏が飽きれたように溜息をついた。

「ど、どうしよう……だって鷹峯さん、好きになっても苦しいだけだよ……さっき見たでしょ? 一人の人に縛られたくないんだよ」

鷹峯さんのいつもとは違う色っぽいところを見てしまって、私なんか相手にしてもらえるわけが無いと確信する。

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