腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
チカチカする光がぼやける。

ああ、渡らなきゃ。

そう思うのに、身体が言うことを聞かない。

〈……ねぇ、ちょっと〉

春夏の声がどこか遠くに聞こえる。

〈このまま私と死ぬ気?〉

あ、それも良いかもね。

ぼやけた視界に、車のライトが(またた)く。

近付いてくる。

避けなくちゃ。

でも動けない。

〈っ、身体貸しなさいよっ!!〉

いやだよ。だって。

「もう……なにもかも嫌」

車のクラクションが長く響く。耳の中でこだましている。



誰かに強く腕を掴まれた。

次に身体ごと抱えられたかと思うと、そのまま勢い良く再び地面に転がった。腕や足を地面にあちこちぶつけて痛い。

でも、頭と背中は誰かの手がしっかり守ってくれていたから痛くはなかった。



「……ったく、何やってるんですか?」

あ……。

「た、鷹峯、さん……」

守ってくれた誰かは、鷹峯さんだった。

いつもピシッとしている白いワイシャツが、地面を転がったせいで皺が付いて汚れてしまっている。

いつも涼しい笑顔の顔は、険しくてうっすら汗をかいている。

いつも綺麗な女性のようなすっとした手先は、擦りむいて所々血が滲んでいる。

「あ……ご、ごめんなさ」

「謝罪は結構です。それより身体は?」

鷹峯さんが傷だらけの手で私の頬を押さえる。ぼんやりとしていた視界が、はっきりと彼の綺麗な顔を捉えた。

目が合う。鷹峯さんの切れ長の瞳がきらりと金色に光る。

「せっかく良くなってきていたのに、また酷い顔色をして……。それに汗もかいておらず唇が乾燥している。熱中症ではないですか? 貴女、今までどこにいたんです?」

「あの、えっと……」

「脈も早いです。意識も朦朧としているでしょう。水分は取っていましたか?」
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