腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
矢継ぎ早に質問しながら、私はされるがまま鷹峯さんに抱き上げられる。そのまま鷹峯さんは、夕闇の雑踏をマンションに向かって歩いていく。

「あ、ま、待って、私もうあの家には」

「何言ってるんですか」

連れて帰られると思って、私は力の入らない身体で抵抗を試みる。だけどそんなのは意味がなくて、逆に鷹峯さんの手にぎゅっと力が入って抑え込まれてしまう。

「暴れないで下さい。経口摂取が可能ならまずは水分を摂りましょう」

よろよろだった私はそこまでマンションから遠くには来ていなくて、あっという間に鷹峯さんの部屋まで連れ戻される。

そのままソファに下ろされて、冷蔵庫から出してきたミネラルウォーターを渡される。言われるがままちびちびとそれを飲んでいると、今度は保冷剤をいくつか首や脇に挟まれた。

「つめた……」

「我慢して下さい。軽い熱中症なら初期対応次第で改善しますから」

淡々と対処している鷹峯さん。いつも通りに見えるけど、家に着いてからは私と一回も目を合わせてくれない。時々獲物を狙うかのように光る金の瞳は、長い睫毛が伏せていて見ることはできない。

「ごめんなさい……私、ずっと迷惑でしたよね……」

だいぶ意識がはっきりとしてきて、私はまた鷹峯さんに迷惑をかけている自分が情けなくなった。

「そりゃそうですよね、私がいたから女の子連れ込めなかったんでしょ? それなのに私は鷹峯さんの相手しなかったし、鷹峯さん優しいから追い出せなかったんですよね?」

「……そんなことありませんし、貴女にそういう相手をしてもらおうと思ったことはありません」

一瞬手を止めた鷹峯さん。その沈黙が、口では否定していても本音では私の言葉を肯定している気がした。

「そんなことあるでしょう? だって現に私が今日バイトだと思って美怜先生のこと連れ込んだんでしょ? 美怜先生に自分でそう言ってたじゃないですかっ……!」

思わず語気が荒くなる。違う。こんなことが言いたかったんじゃない。
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