逃げ切ったはずなのに
疲れた体に鞭を打ち、引っ越すために荷物をまとめる。そして上司に電話をして、軽く事情を説明してリモートワークに切り替えてもらった。うちの会社は、希望すればオフィスに行かずに在宅勤務ができる働く人に寄り添ったホワイト企業だ。在宅なら、日本中どこにいてもパソコンさえあればどこでも仕事ができる。

次の日、有給を取らせてもらって東京からうんと離れた県まで足を運び、借りる物件を決めてその場で契約した。あとは引っ越すだけなので、すぐに業者に依頼をする。

こうして、写真でしか顔を見たことがない婚約者、そして父から私は引っ越し、連絡先を全て消すことで逃げることができたのだ。

婚約者から逃げて一年、私は自然豊かなこの町でのんびりと仕事をしながら暮らしている。ここに住んでいるのはいい人ばかりで、ご飯のおすそ分けをもらったり、一緒に遊びに行ったり、毎日が楽しい。

ここで暮らしているうちに、婚約者の名前も顔も忘れてしまった。まあ、私が逃げちゃったんだから、どこかの結婚願望があるご令嬢と結婚したと思うけど。父のことは知りたいと思わないから、情報を目にしないようにしている。
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