ファーストソング

「じゃあ夢はないのかい?」


タクさんのその言葉にピタリと動きが止まる。


「…夢っすか?」
「ほれ。将来の夢、ちいせぇころに書かされんだろ?」
「作文っすね。書かされましたね」
「だろ?それはなんて書いたんだい?」
「えっと…」


その時からすでに俺の夢は決まっていた。


「それがねぇ~!タクさん聞いとくれよぉ!」
「おうおう。どうしたってんだい?」
「それが夏輝ったら歌手になりたいって発表してたんだよ!」
「ほへぇ~!そりゃでっけー夢だねぇ」
「だろう?そんなの選ばれた数少ない人がなるものだし、何より金の余裕がある人の職業だっていうのにさぁ!夏輝にはなれっこないっていうのにねぇ。可愛いもんだよ!」
「はは。それはどうか分からんぞ?」
「そうなのかい?」
「ウチの孫もな。なんかゲームのプロになりたいとかふざけたこと言ってたけどよ。まぁ若いうちに失敗するくらいいいだろって応援してたらな。これがあっちゅーまにプロ入りしちまってよ。この間の大会で賞金まで獲得しとったんだよ」
「それはタクさんとこのお孫さんに才能があったからよ。夏輝にあるとは思えないわ!こんなしがない定食屋の息子にねぇ!」
「しがないって立派な定食屋だよ。飯はうめぇしな。まぁ来る人数の割に卓数がねぇのがたまに傷だがな」
「嬉しいこといってくれるねぇ!」


二人の話に俺は耳を塞ぎたくなる。

母さん、俺の夢は変わってないよ。
俺は小さく溜め息をはくと「父さん、中手伝うよ」とキッチンに入っていった。
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