思い出せない約束
「なぁ、美結里(みゆり)、覚えてる? 明日の約束」

ラーメンをふぅふぅと冷ましながら、直樹(なおき)が言った。

「えっ? 明日?」

明日は土曜だけど、直樹と何か約束した覚えはない。

「なんだっけ? なんか約束した?」

私が聞き返すと、直樹は、ふぅぅっとため息を一つ()いた。

「今夜、日付が変わる深夜0時に出かけるから、それまでに思い出せ」

そう言うと、直樹はまたズルズルとラーメンをすする。

えっ、深夜0時?
何!?
初詣じゃあるまいし……

あっ!

「大丈夫! ちゃんと覚えてるよ! 明日は直樹の誕生日でしょ」

思い出した私は、得意げに答える。

「そうだけど、その日に何をする約束をしたのか、覚えてないだろ?」

えっ?
約束!?

「そんなの、いつした?」

全然記憶にない。

「んー、5年くらい前……かな?」

は?

「そんなの覚えてるわけないじゃない! よっぽど重要な約束じゃなきゃ」

1週間前の約束だって忘れるのに……

「とにかく、あと2時間後に出かけるから。思い出しても思い出さなくてもついてこいよ」

えぇー!?

さっさとラーメンを食べ終えた直樹は、コップの水を一気に飲み干す。

そして、頬杖をついて、まだ半分ラーメンが残ってる私を眺める。

これが彼氏だったら、気になるところだけど、直樹は幼馴染み、私は、全く気にすることなく、ラーメンをズルズルとすすった。

「やっぱり、ラーメンはそうじゃないとな」

直樹が呟く。

「えっ、何が?」

私は、口に含んだラーメンをもぐもぐと咀嚼(そしゃく)しながら、尋ねる。

「この間、事務所の子たちとラーメン食べに行ったら、今年の新人さんが器用にれんげに乗せて食べてたんだよな。なんかもう、ラーメンじゃなくてイタリアン行けば?って言いたくなった」

「ああ! いるいる!」

私だって、若い頃は彼氏の前でラーメンなんてすすれなかった。

私はもう30歳だし、相手は幼馴染みの直樹だし、だから、見た目を気にすることなく、すすれるんだもん。

それから、私は餃子を頬張る。

「そうそう、餃子も! なんか、臭いが気になるって言って、にんにく抜きを注文するんだぜ? だったら食うなよって言いたくなった」

ふふふっ

「若いんだからしょうがないわよ。色気も何もないおばちゃんよりいいでしょ」

私みたいな。

私だって、若い頃はそれなりにモテたし、彼氏だって先月まではいた。

このまま結婚するんだろうとなんとなく思ってたけど、彼は私よりずっと若い23歳の女と浮気した挙句、デキ婚する。

別れた直後は散々荒れて、直樹を引っ張り回して飲み歩いてたけど、最近、ようやく落ち着いてきたところ。

だって、浮気したあいつが悪いのは確かだけど、それに気づかなかった私も間抜けだし、何より、男を見る目がなかったのがいけないんだって気づいたから。

だから、今は、暇つぶしに幼馴染みの直樹と飲みに行ったり、こうして気兼ねなくラーメンを食べたりして過ごしている。
< 2 / 5 >

この作品をシェア

pagetop