離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 黎人さんの視線に耐えながらぎゅっと目をつむると、小鞠がそっと手を伸ばして、あろうことか黎人さんの服を掴んだ。
「まんま」
 黎人さんを見てごはんをねだる小鞠に、私は固まる。空調の音が聞こえてきそうなほど、部屋は静まり返っている。
「小鞠、部屋戻ってご飯食べようね」
 いったいどんな反応をされるのか、彼の顔を見るのが怖い。もう逃げたい。
 会わせる気なんてまったくなかった。
 だって、もうこの人とはまもなく離婚が成立して、赤の他人になるのだから――。
「パーパ?」
 小鞠のその一言に、雷が落ちたような衝撃が走る。
 そんな言葉一度だって教えたことないのに、いったいどうして。
 もしかして母親が黎人さんの写真でも見せて言葉を吹き込んでいたのだろうか。
 焦った私は、思わず叫んでしまった。
「もうパパじゃないよ! この人は!」
 だけど、小鞠は黎人さんの服を掴んで離さない。
 恐る恐る黎人さんの顔を見上げると、彼は戸惑うでも気まずい顔をするでもなく、優しい顔をしていた。
「小鞠……、良い名前だな」
「え……」
 ふっと微かに口元が緩んだのを見て、私はどうしてか、たったそれだけのことで胸が苦しくなった。
 私はこの時、いったいどんな顔をしていたんだろう。

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