離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 そこには、真剣に花を生けている花音がいたのだ。
「なぜ……」
「今日は娘さんが急遽代理できてくださったんですよ。お母様に似て綺麗な人ですね。センスもありますし……」
 鈴鹿が感心したようにそう話しかけてくる。
 俺が花音と結婚していることは、一族以外は誰も知らない。
 鈴鹿は俺が既婚であることはさすがに知っているが、今あそこにいる女性が妻であるとはまさか思わないだろう。
 花音は、真っ白な“アンスリウム”を持つと、迷いなく花を留めていく。
 強い意志が感じられる白魚のような手と、美しい花と真剣に向き合う表情に、思わず息を吞んだ。
 鈴鹿の言う通り、たしかに、花を生ける着物姿の花音は、見惚れるほど美しい。
「代表、次のお打ち合わせが始まりますのでそろそろ……」
「ちょっと待ってくれ」
「え……」
 鈴鹿の言葉を少しだけ遮り、俺は花音の仕事ぶりを最後まで見届けた。見届けずにはいられなかった。
 このホテルにぴったりな、絢爛さと静けさを半々で混ぜたような作品が、ロビーの空気をがらりと非日常なものに変えてくれている。
 白を基調としたシンプルな色使いなのに、潔い花の置き方が要所要所で緊張感を生み出している。
 凛とした花を見上げ、真剣な顔から、徐々に達成感に満ちた顔に変わっていく花音を、素直に素敵な女性だと感じた。
 ああ、俺はいったいどうして今まで、花音が花と向き合う一面を、ちゃんと見てこなかったのだろう。
 きっと、どこかで分かっていたのだ。華道家としての花音を見てしまったら、無駄な感情が沸いてしまうに違いないと……。
「三鷹代表、もしかして彼女が奥様ですか? 葉山家の方とは聞いていましたが……」
「ああ」
「そう……、だったんですか」
 鈴鹿はなぜか浮かない顔をして、花音のことを見つめている。突然のことで動揺しているのだろうか。
「もういい。戻ろう」
 花音に気づかれないうちに現場を去ろうとしたその時、大きい荷物を荷台に乗せた業者が、ロビーに入ってきた。
 業者は床に置いてある余った花に気づかず、花を轢きそうになっている。
 危ない。そう思ったその時、花の危機に気づいた花音があろうことが荷台に向かって走っていった。
「すみません、待ってください、ここにお花が……!」
 花音が荷台とぶつかった衝撃で、荷物が頭上に落ちそうになる。
< 32 / 107 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop