離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 だって、スーパーでの彼の姿なんて、想像しただけでらしくなくて面白い。
 私は驚きつつも、緩みそうになった口元を手で押さえた。
「生まれてこの方他人のために料理はしたことがないからな。これしかできることがなかった。レトルトは食べさせたくないのなら、今から家政婦を呼ぼう」
「い、いえ。この食品会社の、忙しいときとか結構使います……」
「そうか。ならよかった」
 少し安心したように笑う黎人さんを見て、不覚にも一瞬ときめいてしまった。
 相当悩んで買ってくれたのだろう。心から安堵した様子の彼に、心を開きかけそうになる。
 でも、すぐに彼から視線を逸らして、そんなことはありえないと、心を落ち着かせた。
「俺たちの昼食は適当に出前を頼もう」
「そうですね。私は何でも大丈夫なので――って、あ!」
 黎人さんと出前のアプリを見ながら話していると、知らぬ間に私の腕から抜け出した小鞠が、ソファーに乗っかろうとしていた。
 近くに大理石でできたローテーブルがあったため、私は慌てて小鞠に駆け寄ったけれど、案の定小鞠はソファーから落ちそうになってしまった。
「小鞠っ」
 スライディングして机の角に体をぶつけてでも、小鞠をキャッチしようとした。
 小鞠は鋭利な角に頭をぶつけることはなく、私の腕の中に落ちていく。
 床に叩きつけられることを覚悟して目を瞑ったけれど、痛みは訪れなかった。
 なぜなら、私と小鞠は黎人さんの広い胸の中に、すっぽりと収まっていたからだ。
「焦った……」
 そう言って、冷汗をかきながら、耳元で囁く黎人さん。
 本当に彼の心臓がドキドキしているのを聞いて、本気で心配して助けに来てくれたことを、嫌でも実感してしまう。
 一緒に床に倒れこんだ状態で、長い腕に後ろから抱きしめられながら、彼の鼓動に比例するように私の心音も速くなっていく。
「こ、こんなことでそんなに焦っていたら……、育児はもたないですよ」
「そうか……、そうだよな」
 動揺を隠すように冷たく言い放った私の言葉に、黎人さんは少し笑って納得する。
「あの、もう大丈夫ですので……」
 いつまでも抱きしめられているわけにはいかない。
 私はハッとして、すぐに小鞠を抱きかかえながら起き上がろうとした。
 しかし、黎人さんはそれを許さない。ぐっと後ろから抱きしめる力を強められ、髪の毛に顔を押し付けてくる。
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