離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
「あの、黎人さんですか。か、花音です。忙しいときにごめんなさい。私事ですが無事今日――」
『……どなたですか?』
「え……?」
 聞こえてきたのは、黎人さんの声ではないどころか、男性でもない、女性の声だった。
 予想外の出来事に、私はスマホを持ったままその場に固まる。
 沈黙に苛立ったかのような声で、電話越しの彼女は言葉を続けた。
『私用の番号にかけてくるなんて、あなた黎人さんの何なんですか?』
「っ……!」
 言葉にならない声が出そうになり、私は反射的にスマホを切った。
 電話をかける前とは比にならないほど、心臓がバクンバクンと激しく音を立てている。
 呼吸が苦しくなるほどの悲しみが一気に襲ってきた。
「己惚れていた……」
 私は自分の顔を両手で覆い、無理やり自分自身と向き合うように、呼吸を整える。
 黎人さんの不倫相手とは限らない。
 しかし、かけたのは私用の番号。会社の人が出るとは考えにくい。
 かつ――、あの女性の敵対視したような声色。生まれて初めてあんなに分かりやすく嫌悪の感情をぶつけられた。
 不倫相手ではなかったとしても、あの警戒心が強い黎人さんが私用のスマホを目の前で放置できるほどのお相手ということ。
 そのすべての事実に、胸が押しつぶされそうになる。
「ふっ……」
 これはいったい、何の涙だろう?
 本当だったら、こんなことなんかで泣くことはない。
 でも、タイミングが悪かった。よりにもよって、彼に歩み寄ろうと決めた“今日”だった。
 こんな場面で泣いていいのは、愛されていた記憶がある女だけだ。私はそうじゃない。愛されていない。それなのに泣いているだなんて、情けなくて仕方ない。
 完全に、己惚れていた。
 黎人さんは結婚のことなど全く気にせず自由に生きていた。
 当たり前だ。最初から彼は結婚に無関心だったし、この結婚は親同士の勝手な約束なのだから。
 少しでも黎人さんに歩み寄ろうと思っていたのは自分だけだった。ただただそれがショックで、悲しい。心が張り裂けそうになる。
 だけど……こんな風に泣いていても、何も解決はしない。分かっている。
 私は勝手に黎人さんを信じて、勝手にその期待を裏切られたと感じているだけだ。
 これ以上、情けない女には成り下がりたくない。
 今日、ようやく、自分で生きていく道を、自分の力で手にしたんじゃないか。
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