離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 黎人さんは私の手から椿の花を優しく受け取ると、そっと私の左耳上にかざした。
 それから、じっと私の瞳を見つめて、優しく囁いたのだ。
「綺麗だ。芯のある君に似合う」
「え……」
「これでこの椿も、散り際にうかばれるだろう」
 そう言って、優美に目を細める黎人さん。
 私はこの時、とても表現しがたい感情に襲われたことを覚えている。
 胸の底から何かが熱くなるような、泣きだしたくなるような、そんな感情。
 ただの勘だけれど、花を大切にしてくれるこの人となら、一緒に人生を歩めるかもしれない。単純にも、そう思ったのだ。
 椿の赤よりもずっと鮮明に、黎人さんの姿が瞳に映った。
 今までに経験したことのない、じりじりと焦げ付くような熱が、全身を駆け巡っている。
「縁談、謹んでお受けしようと思います……」
 いつの間にか、自然と私の口から溢れた言葉は、本心だった。
 仕事のために……お花のために結婚を受け入れようと思っていると語ったその数秒後に、まさかちゃんと恋をして、縁談を受け入れているだなんて。
 こんなこと、想像してもいなかった。
 頭を下げている私の顔が、熱で椿の花ほど真っ赤に染まっていたことなど、彼は知る由もないだろう。
 恋の花が開く瞬間を、初めて体験した。
 この人の、おそばにいたい。花のように静かに、佇んでいるだけでもいい。
 この時は、たしかにそんな風に思っていたんだ。

 でも、いつからか恋は私のことを苦しめた。
 その後黎人さんがどんどん重役になり、宣言通り仕事一色の日々になり、私に対して冷徹な態度を時折見せるようになった。
 そして私も、彼への愛情がバレないように、ずっと感情を押し殺して過ごしていた。
 本当は心の中では、「いつかきっと歩み寄れる」と欲をかき、そばにいる以上のことを求め始めていたというのに。
 この結婚に、そんな感情は必要ないと、彼は最初から言っていた。
 変わっていってしまったのは、むしろ私の方なのかもしれない。
 彼を好きになった瞬間は、世界がより明るくなって見えたのに、今はこんなにも気持ちが複雑で、切なくて、未来が見えない。
 自分が本当はどうしたいのか。
 何度問いかけても、答えが出てこない。
 椿の花を見る度に、私はどこから間違えたのかと、自分のことを責めたくなるのだ。
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