離婚するので、どうぞお構いなく～冷徹御曹司が激甘パパになるまで～

　仕事の話をしながらそんな不安を頭の片隅に抱いていると、偶然にも飲み物を取りに来た花音を遠目で確認できた。
　花音はこちらに気づくことなく、楽し気にソフトドリンクを飲んでいる。
　落ち着いた薄い紫の一色染めの着物が、彼女の控えめな綺麗さを際立たせていて、贔屓目でもなく会場で目立っていた。
　普段から着物を着ているからか、まるで彼女のために作られたかのように見えるほど、着物を着こなしている。その説得力のある美しさに、遠目でも見惚れてしまうほどだった。
　花音の容姿端麗さには元から気づいていたけれど、こうして公の場で会うと、また違って感じるから不思議だ。
「花音」
　すぐ近くに行って呼ぼうとしたけれど、誰かが彼女に話しかけたので、俺はタイミングを失った。
　そのまま様子をうかがっていると、どうやら声をかけたのは初対面の男性のようだった。
「お着物お似合いですね。僕、呉服屋を営んでおりまして……」
「あっ、どうもありがとうございます……。専門の方にお褒め頂き恐縮です」
「あまりにお綺麗だったので、ずっと声をかけるタイミングを見計らっておりました」
「そんな、恐れ入ります」
　花音は愛想笑いを浮かべて会話を流しているけれど、俺はみっともないくらい嫉妬に燃えていた。
　話が切れるのを待とうとしたけれど、同世代の男性はその後もぐいぐい花音に質問攻めをしている。
　引き留めようとしたけれど、その間に、俺はまた別の取引先に話しかけられてしまった。
「三鷹代表！　こんなところにおりましたか。ぜひうちの娘を紹介させてください」
　数メートル先にいる花音のことが気になるけれど、タイミングが合わなさすぎる。
　俺は後ろ髪引かれつつも、大手繊維会社の御令嬢に挨拶をしに行こうとした。
　けれど、花音に背を向けながら、ぽつりと、こう思った。

　……どうして、俺たちはいつも、こうなんだろう。

　タイミングが合わないとか、距離感が分からないとか、そんなことを理由に、大事なことを見落としていないか。
　そう思いながらふと、俺は最後に花音の方に目を向けた。
　すると、呉服屋の男のアピールに困り果てた様子の彼女と、偶然にもバチッと視線が重なった。
「黎人さん……」
　聞こえるはずもない距離なのに、彼女が俺の名前を呼んだ気がした。