離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 もっと他に、彼女のことを理解して輝かせることができる人間がいるんじゃないかと。
 彼女は世界の広さを知らないだけで、必然的に視界に入ってきた俺を、ただ親の言いなりになって受け入れただけ。
 なあ、花音。本当にそれでいいのか。
 できるなら、今すぐ俺を拒否して、本音を教えてくれよ。
 君の“覚悟”など要らない。欲しいのは、“本心”だ。
「結局、今日までにお前の本音を聞くことはできなかったな」
「え……?」
 気づいたら、吐き出すように言葉が漏れていた。
 こんな機会を無理やり作っても、花音の本当の言葉を聞くことはできなかった。
 どうしていつも、俺に遠慮したような顔をしている?
 どうしてそんなに、わざと距離を取ろうとする?
 俺が嫌いなら、そう言ってくれた方がいい。
 俺は、初めて出会ったその日から、花音のことがもっと知りたいと、そう思っていたのに。
 自分が生きる目的から、あれほどブレずに向き合っている女性と、俺は生まれて初めて出会ったんだ。
 そんな花音が相手だと、何もかも、上手く伝えられない。
「そうだな、一回くらい、夫婦らしいことをしておこう。これから愛のないまま、一生を共にするのだから」
「れ、黎人さん……? あっ」
 自暴自棄になった俺は、乱暴に花音の服を脱がした。
 そして、すぐに腰に手を回し、片手で彼女を抱き起こすと、向かい合わせに座った状態でじっと眺める。
 彼女は自分だけ脱いでいる恥ずかしさに耐えられず、俺の体を押し返したけれど、逆にそれで加虐心が煽られてしまった。
「ま、待ってくださ……」
「とうに覚悟はできたんだろう?」
 その日、キスもせずに、名前も一度も呼ばないまま、俺たちはただ義務的に体を重ねた。
 その日の夜が、俺たちが体の関係を持った最初で最後の日だった。
 このときは夢にも思っていなかったのだ。
 まさかこの義務的なたった一夜で、花音が小鞠を身籠ってしまうだなんて――。



「代表、どうしましたか。一旦お休みになられますか」
 グラスを持ったまま固まっている俺を、若手の男性社員が心配そうに見つめていた。
 俺はすぐにハッとして正気に戻ると、「大丈夫だ」と笑顔を返す。
 つい昔のことを思い出し、ぼうっとしてしまった。
 けれど、社員はここ最近の俺の働き加減を心配してか、「いえ、一旦控室に戻りましょう」と言って引かない。
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