離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
「代表は覚えていないかもしれませんが、私が入社した当初……、何度かスケジュール調整のミスをした時、代表は一度も怒らずに“焦るな”と言って、私に缶コーヒーをくれたんです。それから、的確な指示を下さったおかげで、すぐにミスをリカバリーすることができました……。あの時、私、本当に安堵で震えて……。同時に、代表のために身を粉にして働こうと、そう思いました」
「……そうか」
「ずっと身分違いな恋だと、分かっていました。絶対に思いは伝えないと、伝えたら終わりだと。でも、代表が結婚したと聞いた時、世界が終わったと思うほど、ショックを受けました……」
「…………」
「代表、どうしても、何があっても、私は“無理”でしょうか……」
 ぎりぎり聞き取れるような涙声で、鈴鹿がそう懇願した。
 彼女がすべて言い切ってすっきりするならと思い黙って聞いていたけれど、そのどれもに俺は応えられない。
 何ひとつ、期待を持たせてはいいけない。
「悪いが、君の言葉を聞いても、気持ちは一ミリも揺るがない」
「そんなに……、奥様のことが好きですか」
「その質問に答える義務はない」
「奥様は、離婚するっておっしゃってましたけど……」
「……は? 花音と連絡を取ったことがあるのか」
 聞き捨てならない一言に驚き、すぐに問い詰めると、彼女は口を手で押さえて顔を青くしていた。
 俺はソファーから立ち上がり、ドアの前にいる彼女に詰め寄る。
 上から見下ろしながら、さっきの発言の追及をした。
「どういうことだ、説明してくれ」
「だ、代表の代わりにお電話に出ました……。代表が離席されていたので、お待ち頂こうと」
「なぜそれで離婚の話になる」
「そ、それは……」
 急に言葉を濁す鈴鹿に、俺は容赦ない睨みを利かせる。
 今まで花音が俺に電話をしてきたことなど、ほとんどない。
 彼女が電話をしようとする時なんて、よほど急なことがあった時だったんだろう。
 予想もしていなかった事実に、頭の中がクラクラしてくる。
 クソ……、こんな時にまた眩暈が……。
「代表の奥様が、どんな方が知りたくて、興味本位で……」
「そうか、よかった。これで罪悪感なく――君のことを飛ばせる」
 俺が心から憤怒していることにようやく気づいたのか、鈴鹿は一気に目の色を失った。
 それから、焦ったように俺の服を掴んで泣き叫ぶ。
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