離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~

赤い糸

▼赤い糸

 ドアを開けた瞬間見えた光景に、ショックで意識が飛びかけた。
 頭上から冷や水をかけられたかのように全身が冷え切って、感情が死んでいく。
 焦ったようにこちらを振り向いた女性の声は、電話の声と同じであることにすぐに気づいて、絶望した。
 私は今いったい、何を見せられているんだろう。
 控室に来てと言ったのは、彼なのに。
「離婚届、今日必ず出してください」
 自分の喉から出た声は、想像以上に低く、冷たいものだった。
 不倫相手の女性が慌てた様子で私を引き止めようとしたけれど、私はすぐにドアを閉めてエスカレーターで下に降りた。
 そのまま振り返らずにエントランスまで向かい、ちょうど目の前に止まって待機していたタクシーに乗り込む。
 できるだけ余計なことを考えたくない。
 消えたくなる前に、次の行動をしないと、私は壊れてしまう。
「広尾の方面までお願いいたします」
「承知いたしました」
 
 十五分ほどして、家の前まで着いた。
 一度行きの代金を払った私は、すぐにまた来るので待っててもらえますかと運転手さんに伝えた。
 すぐさま家のエレベーターのボタンを連打し、小鞠のことを思う。
 早く、娘に会いたい……。今心を占めているのは、そのたったひとつの感情だけ。
 着物だからすごく走りにくいけれど、私はできるだけ早足で自分の部屋へと向かう。
「小鞠!」
 バンと勢いよく部屋を開けると、ベビーシッターさんが驚いた様子でこちらを見ている。
「奥様、今日は早いお帰りでしたね」
「連絡もなく、すみません。予定が早めに終わりまして」
「まま、ままー」
 ベビーシッターさんに抱っこされていた小鞠を、私は両手で預かりに行く。
 温かな命に触れて、思わず泣きそうなったのをぐっと堪えた。
 でも、今は泣いている場合じゃない。強くならなきゃいけない。
 そのまま小鞠の私物をできるだけバッグに詰め込んで、私はベビーシッターさんにあるお願いをした。
「急遽実家に帰ることになったんです。荷物を運ぶのを手伝ってもらえますか」
「えっ、そうなんですね。分かりました」
「明日からしばらくお休みを取って頂くことになってしまうかと思います。お給料は約束通りの額をお支払いしますので。急で申し訳ございません」
「そんな、顔をお上げください……!」
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