離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
「お願いです奥様。もう私的な感情は捨てると誓います。どうかまだ秘書としてそばに置いて頂くことを許してもらえないでしょうか……!」
 涙交じりに訴えてくる彼女から、黎人さんへの想いをひしひしと感じる。
 私が想像していたような親密な関係でないことも、彼女は今秘書を外されようとしていることも、彼女の必死な態度から分かってしまった。
 冷静に黙って聞いていると、鈴鹿さんは私に一歩二歩近づいて、私の肩を掴む。
「私にはもう仕事だけなんです……、仕事としてでしか、代表のおそばにいられないんです……っ」
「鈴鹿さん……」
「お願いします。もう私情は一切挟みませんので……、秘書の役目だけは……」
 この人が謝っているのは、私に対して申し訳ないと思ったからではない。
 黎人さんのそばにいられなくなる事実に焦って、許してもらおうと、謝っているのだろう。
 この人のせいで、狂わされた。
 この人のせいで、関係がこじれた。
 この人のせいで、壊れるほど傷ついた。
 そう思うのに、不思議と怒りの感情が湧いてこない。
 なぜなら、私と黎人さんの関係が壊れた根本的な理由は、そこではないと分かっていたからだ。
 私があの電話を受け取った時、すぐに黎人さんに話していれば、解決していた。
 すぐに話せるような関係性を築いていれば、こんなことにはならなかった。
 黎人さんを好きな気持ちに素直になっていれば、涙なんか流さなくてよかった。
 “政略結婚”という壁を自分で壊す勇気があれば、きっと黎人さんに歩み寄れていた。

 私と黎人さんは――、話さなくてはならないことが、きっと、山ほどある。
 途方もないほどに。
 
「鈴鹿さん。仕事のことは私に一切決定権はございませんので、何も言うことはないです」
「っ……」
「でも、ひとつだけ、撤回したいことがあります」
 私は息を吸って、彼女の目をまっすぐ見ながらハッキリと言い放った。
「私たち、離婚しないことになりました」
「え……!?」
「付き添いどうもありがとうございました。ではここで」
 絶望に満ち溢れた様子の彼女を置き去りにして、私は病室へと歩みを進める。
 本心では、私たちが離婚するまで、そばで待ちたいという考えだったのだろうか。
 たしかに、彼女が言う通り、私たちは親に決められた愛のない仮面夫婦だ。
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