離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~

再びの決断

▼再びの決断
 何だか最近、黎人さんの様子がおかしい。
 私に何か話しかけようとしては言葉を飲み込んでいるような気がする。
 小鞠の子育ては想像以上に手伝ってくれているし、夫婦二人の時間も取ってくれるようになり、何も不安に思うことはないのに、何だか胸の中がもやもやする。
 妻の直感という奴だろうか……。黎人さんは何か、隠し事をしている。そんな気がする。
「じゃあ今日は、小鞠のことよろしくお願いします」
「ああ、行ってらっしゃい。着物、似合ってるな」
「ふふ、ありがとうございます」
 今日は終日リモートワークの黎人さんが、玄関先で小鞠を片手に抱っこしながら、笑顔で見送りをしてくれた。
 向かう先は、黎人さんの弟さんが経営されている大手老舗旅館。場所は大手町に構えており、都会の喧騒を全く感じさせない作りになっていて、私もすごく好きな旅館だ。
 そんな旅館でお花を生けるお仕事をもらったことは、とても光栄。リニューアルに伴い、雰囲気をガラッと変えたいのだとか。
 黎人さんの様子がおかしいことは気になるけれど、仕事には集中しなければ。
 私はタクシーの中で旅館のコンセプトを改めて確認し、頭の中で構想を深くしていく。
 そうこうしているうちに、現場へとたどり着いた。



 サラリーマンが行き交うビル街を抜けた少し奥に、旅館がひっそり佇んでいる。
 ロビーは黒を基調とした重厚な雰囲気の作りになっており、噴水の音がザーザーと聞こえてくる。
 受付の女性に挨拶をして、自分の名前を伝えると、奥から今回現場を担当してくださる女性が現れた。
「本日はよろしくお願いいたします。担当の上野(うえの)です」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。アシスタントがもう少しで来ますので、そろい次第お花の搬入を開始させて頂きます。搬入の経路を確認してもいいですか?」
「ご案内します」
 薄い灰色の大理石の床を歩き、案内されるがままに進んでいく。
 旅館といえど純和風な雰囲気ではなく、日本伝統の建築の美しさと、美術館のような雰囲気が入り交じったこの旅館は、幾度となくコンセプトを時代に沿って変えてきたという。
 さすが一流の旅館だ……。
 身の引き締まる思いで、歩いていると、突然後ろから肩をポンと叩かれた。
「お久しぶり、花音さん」
「えっ……」
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