俺様御曹司は無垢な彼女を愛し尽くしたい
奈々が就職活動をしていた大学三年生の頃、世間では就職氷河期と言われていた。倍率は0.89。一人一社もない少ない求人だ。そのため大学四年生の後期になっても内定が出ていない者は奈々の他にも大勢いた。だがそんな彼らも卒業までに、どこかしら正社員として内定をもらっていた。

気付けば、取り残されているのは奈々だけだった。

特別に成績が悪いわけでもない。人当たりだって悪くない。企業だってそんなに選り好みしているわけでもない。それなのに、奈々には一向に内定がつかなかった。

一方倉瀬はというと就職活動とは無縁の生活だった。

大学を卒業したら有無を言わさず親の会社に入る。幼稚園から大学まで親に敷かれたレールを進んできた倉瀬だったが、それが別に嫌ではなかったし、むしろ何の疑問も持たずそういうものだと早くから受け入れて育ってきた。自分は後継ぎなのだからという一種の誇りでもある。

あくせくと就職活動をする同級生を尻目に、行き先の決まっている倉瀬は普段と何ら変わらない生活をしていた。また通っていた大学が私立の一貫校だったこともあり、倉瀬と似たような境遇の者が多くいたことも事実だ。

だから今まで就職氷河期を考えたことはなかったし、就職難民に出会ったこともなかった。
おそらく奈々が初めてだ。

「お前くらいしっかりしてれば、普通に内定出そうなのにな」

お世辞でもなんでもなく、倉瀬の本心から出た言葉だった。

同情でも憐れみでもない、ただ真っ直ぐな言葉に奈々は一瞬息を飲む。

今までそんなことを言ってくれる人は一人もいなかった。もちろん同情で言われたことはある。けれど倉瀬の口調はそんなものではなく心からの言葉だからこそ、奈々の心は大きく揺さぶられた。
< 14 / 111 >

この作品をシェア

pagetop