俺様御曹司は無垢な彼女を愛し尽くしたい
今まで"なぜ派遣なのか"と問われることすらなかったし、自分から誰かに話すこともなかった。けれど今日はお酒が入っていることもあり、いつもより少し饒舌だったのかもしれない。

「言い訳なので聞き流してくださいね」

奈々は前置きをした上で、ポツリと語り出す。それは今まであまり人に話していない、奈々の見えざる心の内だった。

「大学三年の時に突然母が入院したんです。ちょうど就活を始める頃。末期癌で余命も宣告されて、就活どころではなくなってしまいました。毎日病院に通って母との時間を作りました。私には就活に打ち込むよりも大切な時間だと思ったから。もちろん合間に就活もしたけど、やっぱりダメですね。本気度が足らなかったと思います。四年生のときに母は亡くなりました。覚悟はしていたので大丈夫だったけど、家のことや手続きなどをしていたらあっという間に卒業になってしまって。とにかく働かなくちゃと思って慌てて派遣登録したんです。で、そこからはトントン拍子で今に至ります」

奈々はそこまで一気に言うと、はにかむようにグラスを煽った。なぜこんなことを倉瀬に告白してしまったのか、自分でも分からない。ぬるくなったビールはあまり美味しくなかったけれど、どこかスッキリした部分もあって複雑だ。

そんな奈々の話を、倉瀬は静かに聞いていた。

倉瀬が黙ってしまったので、奈々は申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。

「すみません、変な話して」

「いや……」

倉瀬は口元に手を当てる。そして殊更真面目な顔をして言った。

「お前立派だな。お母さんも、嬉しかっただろうな」

倉瀬の言葉に、奈々は一瞬瞳を大きくする。こんな柔らかく優しい口調の倉瀬は初めてで、いささか動揺してしまう。けれどその言葉は奈々の心にじんわりと染み渡り、やがて胸をじんとさせた。

「ありがとうございます」

笑顔で答える奈々の表情はまるで花が咲いたかのように綺麗で、屈託のない彼女の笑顔に倉瀬はしばし目を奪われてしまっていた。
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