俺様御曹司は無垢な彼女を愛し尽くしたい
駅の改札口でカバンからICカードを取り出した奈々を見つけ、倉瀬は全速力で奈々の腕を引く。
「きゃっ」
突然後ろに引っ張られバランスを崩した奈々だったが、トンと背中が人にぶつかって止まった。
恐る恐る振り向くと、そこには今一番会いたくなかった倉瀬が奈々を優しく支えている。
「……倉瀬さん」
走ってきたため髪も息も乱れている倉瀬だったが、なりふり構わず奈々を見つめた。
あまりの真剣さに奈々は居たたまれなくなって目をそらした。だが、掴まれた腕や支えられた腰から倉瀬を嫌というほど感じて、その部分がじんじんと脈打つ。
「……あの」
離れようとするも倉瀬の力は一向に弱まらない。焦りがよけいに奈々の鼓動を増幅させていく。このドキドキが倉瀬に伝わってしまうのではないかと思うと、さらに奈々を動揺させた。
「何で逃げるんだ?」
「別に……逃げてなんか……」
責めるように言われて奈々は口をつぐむ。
(違う、逃げたんじゃない。倉瀬さんが追いかけて来ただけ……)
奈々は唇を噛む。すうっと息を吸い込むと、強い口調で倉瀬に歯向かった。
「……何で追いかけてくるんですか!」
キッと睨むが、倉瀬はものともせず奈々を見つめる。
吸い込まれそうなほど綺麗な瞳。
思ったよりも長い睫毛。
通った鼻筋に綺麗な形の口。
近い距離で見る倉瀬は思っていたよりもずっと端正な顔立ちで、思わず奈々の胸はドキっと高鳴った。そんな風に思ってしまった自分に自己嫌悪になり、奈々は急いで目を逸らす。
「……早く彼女さんのところに行って下さい。……待ってますよ」
倉瀬を遠ざけようと発した言葉なのに、どうしてか奈々の胸は針で刺されたようにチクリと痛んだ。先ほどの女性は倉瀬の“彼女”なんだと思うと変に胸がザワザワしてしょうがない。あんな親しげなところを見てしまうなんて気分は最悪で、奈々は心がどうにかなりそうだった。
「ふざけんな、あいつは俺の彼女じゃない。誤解するな」
掴まれている腕により一層力が入れられる。
倉瀬はいまだ目を逸らしたままの奈々の肩を掴んでこちらに向かせると、静かに言った。
「お前にだけは誤解されたくないんだ」
ゆっくりと、言い聞かせるように。
じっと奈々の目を見て。
それはとても優しい声色で、奈々の心の奥にじわりじわりと染み込んでいった。