俺様御曹司は無垢な彼女を愛し尽くしたい

冬は陽が落ちるのが早い。外が暗いおかげで奈々はほっとする。込み上げて止まらない涙は奈々の頬を濡らし目は赤く腫れぼったくなってしまったが、幸いにして人に気付かれることはない。かといってこのまま電車に乗るわけにもいかず、涙が引くまで歩いて帰ることにした。

冷たい空気に触れるたび頭が冷えていく思いだ。

地下鉄と私鉄を乗り継いで通勤している奈々は、とりあえずひとつ向こうの駅まで歩くことにした。歩いているうちに涙も乾くだろうし赤くなった目もすっきりするのではないかと考えた。

だが地下鉄の一区間は意外と短く、ほんの十分足らずで着いてしまう。たった一駅程度では寒さが身に凍みるだけで、目も心もスッキリとしなかった。

(もう一駅、歩こうかな)

そう思って歩を進めようとしたとき、スマホが鞄の中で震え出した。何だろうと取り出すと、画面に【倉瀬】と表示されていている。一瞬にして身が震え上がり、奈々はスマホを落とした。

落としてもなお地面で鳴り続けるスマホを慌てて拾い上げる。

(え、どうしよう、どうしよう。取るべきなのかな?でも、でも……)

迷っているうちに着信は切れ、続けざまにまた鳴り出した。当然、画面の表示名は【倉瀬】だ。

奈々は顔が青ざめる。着信の向こう側で、倉瀬が不機嫌に電話をかけている姿が想像されて、奈々は震えあがった。取ったら取ったで怒られるし取らなければ取らなかったで怒られることが明白だ。それにこんなにしつこく電話をかけてくるというのは、何か仕事でミスをしてしまったのかもしれないと奈々は推測する。

奈々は意を決して、震える手でスマホを操作し耳に当てた。
< 33 / 111 >

この作品をシェア

pagetop