俺様御曹司は無垢な彼女を愛し尽くしたい
遠くからでもわかる倉瀬のシルエットに奈々は胸がぎゅっとなる。距離が近づくにつれ心臓が口から出そうなほどに奈々はドキドキと脈が速くなった。
「あ、あのっ。すみませんでした。何か私、ミスしちゃったんですよね?会社に戻った方がいいでしょうか?」
「奈々、何で泣いてた?」
「えっ?」
頭を下げた奈々に思いもかけない言葉が降ってきて、忘れかけていた感情が波のように押し寄せてきた。しかもなぜ泣いていたことを倉瀬が知っているのか、奈々は動揺して唇を噛む。
「お前が泣きながら会社を出ていく姿を見かけたんだが」
何も言わない奈々に、倉瀬は鋭い視線を向ける。
奈々は頭が真っ白になった。
奈々が帰るとき、フロアに倉瀬はいなかった。その時間倉瀬は打合せで席を外していたのだ。それに今にもこぼれそうになる涙は、かろうじてフロア内では堪えたはずだ。だから誰にも見られていないと思っていた。
それなのに、どこで見たというのだろうか。
会社を出るときだろうか。それよりも、なぜ倉瀬はそんなことを奈々に聞くのか。涙の理由が“失恋したからだなんて本人を前にして言えるわけはない。
だが、いざ倉瀬を目の前にすると奈々の瞳にはみるみる雫がたまっていく。抑えることなんて到底無理な今にもこぼれ落ちそうなくらいの大粒の涙は奈々の視界をぼやけさせた。