俺様御曹司は無垢な彼女を愛し尽くしたい
倉瀬祐吾には事前情報がたくさんある。

彼はこのKURAコーポレーションの社長の息子で、いわゆる御曹司というやつだ。将来的に社長を継ぐため、今は数年毎に部署異動をして経験を積んでいるらしい。

要するに、目に見えるエリートコースを進んでいて更に容姿端麗ときた。玉の輿を狙って言い寄る女は数知れず、遊ばれた女も数知れず、なんて噂が立つほどだ。

といっても奈々はさほど興味がなく、すべて噂好きの朋子からの情報だ。何が本当で何が嘘かはわからない。

わからないのだが、そんな噂話を聞いてしまってはどう接すればいいのか少し戸惑ってしまう。

倉瀬は今は一般職と同じだ。役職だってまだついてはいない。気負うことなく普通に話しかければいいのだろう。そう思っても、奈々は勝手に緊張してしまってタイミングを掴めずにいた。

何度も深呼吸をして自分を落ち着かせてから、事務連絡をするために倉瀬の元へ赴く。

「倉瀬さん」

声をかけると目線だけこちらへ向けた倉瀬が面倒くさそうに「何だ?」と返事をした。その態度はひどくぶっきらぼうで、先程まで緊張していた自分が馬鹿らしくなるほど愛想がない。

つられて奈々もムッとした態度になりそうなところを、これは仕事だと思い直して努めて冷静に対応する。

「倉瀬さん、庶務の西村といいます。この書類に必要事項を記入して、明後日までに私にくださいね」

奈々は準備していた異動者の申請書類を丁寧に倉瀬のデスクに置いた。電子化が進むなか、まだまだ紙の申請もなくなってはいない。

倉瀬はその書類にさっと目を通すと、また面倒くさそうな口調で突き返した。

「それくらいそっちでやっといてくれ」

その態度に、さすがに奈々もムッとして言い返す。

「ダメです!ここに本人の署名とハンコもいるし、面倒くさがらずちゃんと自分でやってください!」

ピシャリと言い放つと、書類をしっかり倉瀬のデスクに置いて逃げるように自席に戻った。倉瀬が何か言いたげに口を開いていたがそんなのは無視だ。

堂々とした態度を取っておきながら、奈々の心臓はバクバクしている。社長の息子にあんなたてつくようなことをしてよかっただろうか。

そんな思いが頭を過るが、仕事は誠実にやらなければいけないという奈々の責任感が少しばかり上回った結果だ。
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