俺様御曹司は無垢な彼女を愛し尽くしたい
葛藤、旅立ち、決意
梅雨に入ったせいで変な天気が多い。じめじめ蒸し蒸しとするこんな日はパンを作るに限ると、奈々は大量の強力粉を祐吾のマンションへ持ち込んだ。

「また何を持ってきた?」

「今日はパンを焼きます。高温多湿のときはパン作りにぴったりなの。雨だし、祐吾さんお出かけしたくないでしょ?」

そう言って、奈々は大きなカバンから麺棒やスケッパーを取り出し準備を始めた。

「祐吾さんも一緒にやる?」

試しに聞いてみると、案の定断られる。

「俺は焼き上がるのを楽しみに待つことにしよう」

「焼き上がりまで最低でも二時間はかかります」

奈々が胸を張って言うと、祐吾は「読書タイムだ」と言ってソファに腰を下ろした。

奈々は黙々とパン作りを始め、祐吾は読書に勤しむ。特に会話はないが、二人でいるこの空間はとても心地よかった。

パン生地を捏ね終わると三十分程発酵させる。その間に洗い物などを済ませ次の工程の準備をする。奈々は手際よく動き、ふと手が空いて祐吾を見やった。

ソファにもたれ掛かりながら真剣に文字を追っている少し伏し目がちな目が、睫毛の長さを際立たせていた。ページを捲る長い指も、すらりと伸びた手足も、少し癖毛のある髪も、綺麗で見惚れてしまう。

(祐吾さんって本当に素敵。ずっと見ていられるなぁ)

ぼんやりと眺めていると、ふいに祐吾と目が合う。

「何だ?」

「ううん。祐吾さんが素敵で見惚れていました」

奈々が正直に言うと祐吾はふんと鼻で笑い、興味無さげにまた視線を本に戻す。

「本当だよ?」

「ああ、わかったわかった」

ぶっきらぼうな返事に奈々は少し残念な気持ちになりつつ、またパン作り作業を開始する。

そんな奈々を、祐吾も時々優しい眼差しで見つめていた。

「こっちが見惚れるっての」

「なあに?」

「いや、何でもない」

ボソリと呟く祐吾に奈々は不思議そうに首を傾げた。
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