再会の先にあるもの
「羽菜、綺麗だわ」
「うふふ、ありがとう。そして、これからもよろしくね」

控室で椅子に座った親友が幸せそうに微笑む。今までの苦労が報われた瞬間だ。

―—莉子は羽菜が大好きだ。その辺は兄が散々気にしているけれど、恋愛的な意味は全く無く、只管に傍に居たいだけである。たしかに親友に向けるには遥かに重い執着だとは思うが。


小学生だったある日、羽菜が転校してきた。

そして偶然にも莉子の隣の席が空いていたために彼女は隣となった。羽菜の元いた学校とは教科書の種類が違っていたから、羽菜をサポートするために机をくっつけて授業を受けた。
それが始まり。

「私もそのキャラのグッズ集めてるの。あとでメモ帳一枚あげるね」
授業中、莉子の筆箱を指差しながら、小さな声でそう言った羽菜はにっこりと可愛い笑顔をみせた。

今まで近所の友達だとか、席が近くなった子など話したり一緒に帰ったりもしたけれど、特定の仲の良い友達は今までいなかった。それなのに羽菜とはもっと話したいと思ったし、羽菜も莉子の話を面白そうに聞いてくれる。たった一日で今までずっと一緒に過ごしてきたかのように仲良くなったのだ。

その頃は漠然とこんなに合う友達ができたのは初めてだと思った。母に帰宅してから興奮して話したことを覚えている。

「良かったわね。今度遊びにきてもらったら?」
「うん!羽菜ちゃんのお家がどの辺りか聞いてみるね」

それで羽菜が伊織にロックオンされたのだが、仲良くなった以上、遅かれ早かれそうなっていただろう。あんな兄に掴まって可哀想だなとは思った。けれど伊織と羽菜がくっつけば、莉子とも関係はずっと続いていく。

だから協力を惜しまなかった。愛らしい羽菜に寄る虫を除けるなんて造作ない。伊織のほうがよっぽど面倒くさいのだから。
羽菜を狙う男たちに少し近寄れば、皆が莉子に傾いていった。自身の見た目に興味はないが、その時ばかりは親に感謝した。好きな女の子の親友に移り気を起す時点で、羽菜にはふさわしくない。たまに諦めの悪い男もいたが、その時は伊織に任せた。彼がどう処理していたのかは知らないが、それでも諦めない男はいなかった。

その頃には羽菜も本当は伊織が好きなのだと気付いていたが、伊織に取られる気がして彼には秘密にしておいた。
散々協力したのだからそれくらいはいいだろう。

流石に家でも拗らせた伊織が可哀想になって、彼のバイト先に羽菜を誘い、一緒に働くことにした。そしたら何という事だろう。伊織は偽名を使っていたのだ。

元々あまり接点はなかった為に別人だと思い込んだ羽菜に乗っかった伊織は、親友の兄という仮面を被らなくてもいいことに急接近していった。

浮かれた伊織は家でも面倒くさかったが、二人とも幸せそうで莉子も嬉しかった。

しかし思いつめた羽菜によってあっさり破局を迎えたわけだが。羽菜の気持ちも分かるし、伊織が納得できないのも理解できた。ただ時期も悪かった。

「お兄ちゃん。一旦引いて社会人として出直してから、仲地伊織として羽菜の前の現れなよ」

渋々ではあったが、伊織も思うところがあったのだろう。本社は地元にあるが、新入社員は遠方の支店からスタートするらしい。離れて暮らすことになり、莉子には羽菜に悪い虫がつかぬよう散々言いおいて家を出ていった。

新たな恋を探そうにも羽菜はリオに未練タラタラだったから楽観していたけれど、そろそろ吹っ切ろうとしてる彼女に様子を伊織に告げると、異動をどう申し出たのかは分からないが帰って来ることとなった。


「羽菜、大好きよ」
「もちろん、私もよ」

美しい花嫁の目にキラリと光るものを見つけて、莉子も鼻の奥がツンと痛んだ。

―—伊織と逆だったら良かったのに、と思わなかったことも……今までの人生、ないわけではない。

 * * *

パイプオルガンの音と共に扉が開かれると、父が僅かに身じろいだのが腕越しで分かった。

主祭壇の先には一面のガラス窓から青い海が見えている。この教会の写真が掲載されていた結婚情報誌のページに、羽菜が目を奪われていたことに気付いた伊織が、一緒に見学に誘ってくれたのだ。
写真よりも実物は素敵だった。白一色の教会に青がよく映えている。一目で気に入ってここに予約を入れたのだった。

昔も優しかったけれど、伊織はいつも優しい。何でも知ろうとしてくれているし、うっかりしている羽菜を面倒がったりしない。段々と伊織なしでは生活できないのではないか、とすら思えてくる。もう既に莉子にずっと頼ってきた羽菜だから、そうなることは目に見えているというのに。実際そう呟いたら彼はとても嬉しそうに、是非そうなって欲しいと言われた。彼ら兄妹は羽菜に甘すぎる。


初恋の人が白いタキシードで佇んでいる姿は一枚の絵画のようだ。彼に向って一歩一歩踏みしめる。まさか伊織の恋人になって、あまつさえ妻になるだなんて。

手を取られた時に見上げれば、眼鏡の奥が蕩けた。ドキリと羽菜の心臓が音を立てる。羽菜を見つめるとき、伊織はこの表情をよくする。
しかしその度に忘れようと何度も努力した、初めての彼氏をいつも思い出してしまう。彼も時々羽菜をそんな表情で見つめていた。
伊織は優しいけれど思いのほか嫉妬深い。絶対にそのことを口に出してはいけないと、付き合ってから理解した。基本的に他の男性の話題はNGである。以前職場の男の先輩が飲み会に誘ってきてしつこいと零したら、いつの間にか彼は異動になっていた。誰の差し金かなんて知らない方が幸せだと思う。

「やっとこの日が来た。もうずっと離さないよ」
けれど伊織が思う以上に羽菜も彼を愛しているから。

「はい」
気付きそうになる何かには蓋をして彼の元から一生離れないと神に誓った。


~完~
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