再会の先にあるもの
「まさか……。お兄ちゃんの機嫌がいい理由は羽菜といい雰囲気なのかなって思ってたけど、そこまで言ったんだ……アイツやるじゃん」
「莉子ったら!」
「んーと、これからはお義姉ちゃんって呼んだ方がいいのかな?」
「なっ!!」
悪戯っぽい表情を浮かべる莉子に、羽菜は分かりやすく飛び上がった。
「だ、だめよ!もしかしたら伊織さんの気が変わることだってあるかもしれないし」
伊織とのことを話しながら、恥ずかしくなってきた羽菜はフローズンカクテルのストローをモジモジと混ぜる。
伊織に告白されて、長年の想いを伝えたことは現実だと分かってはいるけれど。未だに夢を見ているような気がして、覚めても落ち込まないようにと自分に言い聞かせてしまう。
「それはないわ」
手を小さく振りながらキッパリと言い切られて、羽菜は目を瞠った。
「莉子が言うと本当にそう思えちゃう」
「でしょ?じゃなくて!本当なのよ」
「分かってるわ」
莉子が言えばそんな気がしてくるから不思議だ。そして心が軽くなるのもいつものことで。
「それよりもお兄ちゃんって愛が重いから羽菜が嫌になっちゃわないか心配よ」
「えー、そんなふうには見えないけど……でもずっと好きだったから、それでも嬉しい」
「ふふ、本当に可愛いわ。いい?嫌なことされたら私に言うのよ?私はずっと羽菜の味方よ」
胸に手を当てて自信満々な表情の莉子のほうがよっぽど可愛い。いつも一緒に過ごしてきた大切な大切な親友。
「ありがとう。ほんとに伊織さんと莉子は仲良しだね。一人っ子だから羨ましい」
「まぁ、今となってはお互いに兄妹で良かったって思ってるけどね。昔はそうでもないわよ」
「へぇ。そうなんだ?」
「うーん。まぁね。私が羽菜と近いのが羨ましいからってネチネチ言ってきてよく喧嘩になったわ」
少し伊織を真似したような莉子に羽菜は吹き出した。
「ええ、伊織さん、そんなふうには見えないよ」
「羽菜が絡むと面倒なのよね。でも嫌わないであげてね。大事に思っていることに代わりはないから」
やっぱり仲のいい兄妹だな、と羽菜は思った。だって伊織は大学で家を出てそのまま地元に帰らず遠方で就職した。年に何度かは帰ってきているにしても、莉子とそこまで一緒にはいなかっただろうにこれほど分かり合ってるなんて。
これまで莉子とはあまり伊織のことを話すことがなかったから、余計にそう感じてしまうのかもしれない。
「ふふ、ありえないけど、うん。分かってるよ」
「じゃあ、改めて乾杯しよっか?次何飲む?」
「次は……どうしよっかな」
差し出されたドリンクメニューを覗き込めば、先ほどの会話に感じた違和感は吹き飛んでしまった。
この前伊織と出かけたときに飲ませてもらったものは、甘すぎず美味しかった。なんて名前だったっけ?
真剣に悩む羽菜を嬉しそうに莉子が見つめていたことには気付かなかった。
* * *
「羽菜ちゃんはどうだった?」
脱衣所から頭をバスタオルで拭きながら出てきた莉子は、帰宅の挨拶もなしにそう話しかけた伊織に溜め息をついた。兄はいつも羽菜が絡むと唐突だ。気持ちは分からなくもないが。
「もちろん今日も可愛かったわ」
「そんなのは分かってるよ。まぁ、今までは莉子が羨ましくて仕方がなかったけれど、ちょっとは余裕が出てきたかな」
ネクタイを緩める仕草こそ妹の目から見ても恰好いいが、中身を知っている莉子としてはどうかと思う。羽菜が関係すると兄はとても残念なイケメンに成り下がるのだ。
「ちょっと、次こそは逃げられないでよ」
「分かってるよ」
この兄妹は仲が悪いわけではない。かと言って羽菜が思っているほど仲が良いわけでもない。互いの利害が一致した結果である。
「俺が何年拗らせてると思ってるの。今日の羽菜ちゃんの様子を聞かせて?まだ飲めるだろ?」
「相変わらず可愛かったわ。お兄ちゃんのことを話している時に段々と頬が赤くなって、俯いちゃうの……って危なっ!」
伊織を先頭にダイニングキッチンに向かっていたが、突然蹲り始めたので莉子は気にせず跨いで先にドアを開けた。いつものことだ。
「あああ、再びこんな日が来るなんて……。最高だ。勿論音声は残っているよね?」
「あとで送るわ。はい、どうぞ」
莉子に迫る伊織を缶ビールで押しやる。羽菜の前では紳士ぶっているが、家での伊織は彼女と出会ってからずっとこの調子である。それは再会を果たしてからではない。莉子と羽菜が出会った小学生からだ。
莉子だけでなく両親も慣れていて、出張で家を出る際には羽菜の心配を散々していった。
「今日に限って残業だなんて。迎えに行けたら会う口実になったのに……」
「羽菜の部署に大した用もないのに電話して話してるんでしょ?」
「ふふ、最初は余所行きの声なんだよ。それが俺と分かると急に明るい声になるんだ……」
「はいはい、良かったわね」
缶ビールをどちらともなく合わせる。
「これでお兄ちゃんが羽菜と結婚すれば、ずっと一緒に居られるのね。子供も可愛いだろうなぁ」
「……何度も聞くけど、羽菜ちゃんに対して恋愛感情はないんだよね?」
「しつこいわね!私は羽菜という存在が愛おしいの。性的対象は男だから」
「莉子の執着を見るとそうは思えなくて不安になる……。羽菜ちゃんも懐いているし」
「お兄ちゃんと違って羽菜を邪な目で見ていないから安心して」
「羽菜ちゃんを見ていて、そういう目で見ないなんてどうかしている」
「どっちよ!」
この会話は何度目になるだろう。もういっそルーティンと化している。莉子は伊織の不安も分かるし、伊織だって莉子が友人に向けるにしては重い感情を持て余しているのも分かっている。
この関係は片方に裏切られたら破綻する。だから何度も確認するかのように言うのだ。
「これからは俺にも羽菜ちゃんと過ごす時間を譲ってくれよ。ずっと我慢してたんだから」
「無体は働かないでよ。あと焦ってバレない様に!」
「分かってるよ」
「だったらいいけど。ね、リオ君」
「莉子ったら!」
「んーと、これからはお義姉ちゃんって呼んだ方がいいのかな?」
「なっ!!」
悪戯っぽい表情を浮かべる莉子に、羽菜は分かりやすく飛び上がった。
「だ、だめよ!もしかしたら伊織さんの気が変わることだってあるかもしれないし」
伊織とのことを話しながら、恥ずかしくなってきた羽菜はフローズンカクテルのストローをモジモジと混ぜる。
伊織に告白されて、長年の想いを伝えたことは現実だと分かってはいるけれど。未だに夢を見ているような気がして、覚めても落ち込まないようにと自分に言い聞かせてしまう。
「それはないわ」
手を小さく振りながらキッパリと言い切られて、羽菜は目を瞠った。
「莉子が言うと本当にそう思えちゃう」
「でしょ?じゃなくて!本当なのよ」
「分かってるわ」
莉子が言えばそんな気がしてくるから不思議だ。そして心が軽くなるのもいつものことで。
「それよりもお兄ちゃんって愛が重いから羽菜が嫌になっちゃわないか心配よ」
「えー、そんなふうには見えないけど……でもずっと好きだったから、それでも嬉しい」
「ふふ、本当に可愛いわ。いい?嫌なことされたら私に言うのよ?私はずっと羽菜の味方よ」
胸に手を当てて自信満々な表情の莉子のほうがよっぽど可愛い。いつも一緒に過ごしてきた大切な大切な親友。
「ありがとう。ほんとに伊織さんと莉子は仲良しだね。一人っ子だから羨ましい」
「まぁ、今となってはお互いに兄妹で良かったって思ってるけどね。昔はそうでもないわよ」
「へぇ。そうなんだ?」
「うーん。まぁね。私が羽菜と近いのが羨ましいからってネチネチ言ってきてよく喧嘩になったわ」
少し伊織を真似したような莉子に羽菜は吹き出した。
「ええ、伊織さん、そんなふうには見えないよ」
「羽菜が絡むと面倒なのよね。でも嫌わないであげてね。大事に思っていることに代わりはないから」
やっぱり仲のいい兄妹だな、と羽菜は思った。だって伊織は大学で家を出てそのまま地元に帰らず遠方で就職した。年に何度かは帰ってきているにしても、莉子とそこまで一緒にはいなかっただろうにこれほど分かり合ってるなんて。
これまで莉子とはあまり伊織のことを話すことがなかったから、余計にそう感じてしまうのかもしれない。
「ふふ、ありえないけど、うん。分かってるよ」
「じゃあ、改めて乾杯しよっか?次何飲む?」
「次は……どうしよっかな」
差し出されたドリンクメニューを覗き込めば、先ほどの会話に感じた違和感は吹き飛んでしまった。
この前伊織と出かけたときに飲ませてもらったものは、甘すぎず美味しかった。なんて名前だったっけ?
真剣に悩む羽菜を嬉しそうに莉子が見つめていたことには気付かなかった。
* * *
「羽菜ちゃんはどうだった?」
脱衣所から頭をバスタオルで拭きながら出てきた莉子は、帰宅の挨拶もなしにそう話しかけた伊織に溜め息をついた。兄はいつも羽菜が絡むと唐突だ。気持ちは分からなくもないが。
「もちろん今日も可愛かったわ」
「そんなのは分かってるよ。まぁ、今までは莉子が羨ましくて仕方がなかったけれど、ちょっとは余裕が出てきたかな」
ネクタイを緩める仕草こそ妹の目から見ても恰好いいが、中身を知っている莉子としてはどうかと思う。羽菜が関係すると兄はとても残念なイケメンに成り下がるのだ。
「ちょっと、次こそは逃げられないでよ」
「分かってるよ」
この兄妹は仲が悪いわけではない。かと言って羽菜が思っているほど仲が良いわけでもない。互いの利害が一致した結果である。
「俺が何年拗らせてると思ってるの。今日の羽菜ちゃんの様子を聞かせて?まだ飲めるだろ?」
「相変わらず可愛かったわ。お兄ちゃんのことを話している時に段々と頬が赤くなって、俯いちゃうの……って危なっ!」
伊織を先頭にダイニングキッチンに向かっていたが、突然蹲り始めたので莉子は気にせず跨いで先にドアを開けた。いつものことだ。
「あああ、再びこんな日が来るなんて……。最高だ。勿論音声は残っているよね?」
「あとで送るわ。はい、どうぞ」
莉子に迫る伊織を缶ビールで押しやる。羽菜の前では紳士ぶっているが、家での伊織は彼女と出会ってからずっとこの調子である。それは再会を果たしてからではない。莉子と羽菜が出会った小学生からだ。
莉子だけでなく両親も慣れていて、出張で家を出る際には羽菜の心配を散々していった。
「今日に限って残業だなんて。迎えに行けたら会う口実になったのに……」
「羽菜の部署に大した用もないのに電話して話してるんでしょ?」
「ふふ、最初は余所行きの声なんだよ。それが俺と分かると急に明るい声になるんだ……」
「はいはい、良かったわね」
缶ビールをどちらともなく合わせる。
「これでお兄ちゃんが羽菜と結婚すれば、ずっと一緒に居られるのね。子供も可愛いだろうなぁ」
「……何度も聞くけど、羽菜ちゃんに対して恋愛感情はないんだよね?」
「しつこいわね!私は羽菜という存在が愛おしいの。性的対象は男だから」
「莉子の執着を見るとそうは思えなくて不安になる……。羽菜ちゃんも懐いているし」
「お兄ちゃんと違って羽菜を邪な目で見ていないから安心して」
「羽菜ちゃんを見ていて、そういう目で見ないなんてどうかしている」
「どっちよ!」
この会話は何度目になるだろう。もういっそルーティンと化している。莉子は伊織の不安も分かるし、伊織だって莉子が友人に向けるにしては重い感情を持て余しているのも分かっている。
この関係は片方に裏切られたら破綻する。だから何度も確認するかのように言うのだ。
「これからは俺にも羽菜ちゃんと過ごす時間を譲ってくれよ。ずっと我慢してたんだから」
「無体は働かないでよ。あと焦ってバレない様に!」
「分かってるよ」
「だったらいいけど。ね、リオ君」