初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
と、今まで5分とかからず返ってきていたメッセージが、5分を超えても返ってこない。
まずい、でしゃばるようなことを言って怒らせてしまったのかもしれない。
途端に、茜の心の中は不安でいっぱいになる。
もちろん、ここでやり取りが途切れても、茜にとっては何ら不利益になることはない。
だが、たとえその意図がなくても、相手の機嫌を損ねてしまったのであれば、良い気はしない。
何か別のことをして気を紛らわせたいが、それをするだけの心の余裕すら今はなかった。
送信ボタンを押してから20分ほど経った時、ショートメールを受信したことを知らせる通知音が、ようやく鳴った。
落ち着いていたはずの緊張感が、また茜の中でもたげてくる。
でも、返信内容を見ないことにはどうにもできない。意を決して、彼女はショートメールを確認する。
『SA寄ってました。』
『すみません、気を使っていただいて。』
『じゃあ、これ、俺のメアドです。』
その後に表示されている、英字と数字の羅列は、まごうことなく携帯のメールアドレスだった。
航太が怒っていないことに安堵しつつ、茜はすぐに表示されているメールアドレスをタップして、新規メール作成の画面を起動させた。
件名には自分の氏名を入力し、それから本文の入力を行う。
『ありがとうございます。携帯番号共々、絶対に流失しないようにしますね!
私のアドレスも、最後に載せておきます。』
茜は自らのメールアドレスをコピーして、メールの最後に入りつけ、送信ボタンを押した。
それから、送信済みボックスを開き。改めて航太のアドレスをタップした。
そして、出てきた選択肢から電話帳に登録を選び、併せて携帯番号もそこに入力した。
しかし、名前を入力する段階で、茜の手がピタリと止まる。
いくらなんでも、「小倉航太」で登録するわけにはいかない。
スマホの電話帳自体は他人が見ることはないが、着信やメールを受信した際のロック画面での通知に名前が出ているのを他の人に見られたら一巻の終わりだ。
少し考えてから、茜は「コウ」とだけ入力し、登録を完了させた。
その作業を終えて、茜は一つ息を深く吐いた。
そして、今日の今までのことを振り返る。
夢みたいな、でも夢じゃない、そんな1日だった。
夢じゃないことは、テーブルに乗っている紙に書かれた11桁の携帯番号と、自分のスマホのショートメールが証明してくれている。
正直、これからどうなるかなんて、全くわからない。やはり、揶揄われているだけの可能性だってまだ捨てきれない。
だけど、こればかりは現段階では分からない。
もしその可能性が出たら、フェードアウトしてしまえば、住む場所が違うから二度と関わることもないだろう。
それより、スパノヴァの小倉航太とメールをしているということは、絶対に周囲の人に悟られないようにしなければ。
新たな決意をし、茜は立ち上がる。
そして、滞っていた家事を再開させた。
その表情は、どことなく、いつもより明るかった。