初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで

あまりに直球な質問に、航太だけでなく暁と一仁も虚を突かれ、なんて言葉を発していいか一瞬詰まってしまった。



「……ない」



最初に言葉を取り戻したのは、意外にも当事者の航太だった。
簡潔に紡がれた二文字の言葉ではあったが、琉星の疑問に答えるには十分だった。



「え、じゃあ何?ただメールしてんの?」
「まあ、そう」



そう答えてから、3人の目が変わったことに航太は気づいた。
先ほどは三者三様の目をしていたのに、今は一様に怪訝な目を航太に向けている。



「……何」
「リーダー…、中学生みたい」
「は!?」
「いや今日び中学生だってもっと何かしてんだろ」
「背中押した立場からすると、とても今失望したよ」



3人は口々に航太への忌憚のない意見を口にすると、それぞれに深くため息をついた。
もちろん、目の前でそのような反応されて、航太とて良い気はしない。



「そもそも論で、今のスケジュールでメール以外に何しろっていうんだよ」
「じゃあさらにそもそも論で、なんで連絡先渡したんですかー?」
「何でって一仁…」
「気まぐれ?」
「な訳ねぇだろ、琉星」
「てことは本気じゃん」
「……多分」
「多分?」
「まあ…、なんつーか…、…芝居、やったじゃん?」
「やったねぇ」
「その時の彼女の目に…、惹かれたっつーか…」



歯切れの悪い航太の回答であったが、嘘を言っていないことは3人にはよく分かった。
航太の声のトーンや表情もそうだが、彼は照れている時に、口元に手をあてる癖がある。
今の航太はまさに口元に手をあてていた。



「…45のオッサンが何言ってんだろうな…」
「大丈夫だよリーダー!男はいくつになっても心は少年って誰かが言ってたよ!」
「ありがとな、一仁」
「…“オッサン”は否定されてねぇけどな」
「琉星、しょうがないよ。だって年齢的にはもうオッサンだから」
「聞こえてんだよ!暁に琉星!」



なんだかどっと疲れを感じた航太は、何回目か分からないため息をついて、そういえば今朝買ったけど飲んでなかった缶コーヒーをバッグから取り出して、飲み口を開けて一口飲んだ。



「で、どうすんの?航太」



コーヒーを飲み込んだタイミングで、暁は先程とは違い、真剣さを帯びた声で問いかける。



「どうする…ねぇ?」
「さすがに、ただのメル友で終わりにはしないでしょ?」
「…多分」
「多分かよ」
「でもさー、リーダー今独り身だから、別に付き合うのは問題ないじゃん」
「そりゃそうだけど…」



曖昧な言葉で答えながら、航太は考える。
茜に会ったのは、あの時一度きりで、あとはずっとメールでのやり取りだけだった。
それでも、航太の心にはあの日以来、彼女が存在し続けている。

確かに、演劇というものは、そのすべてが“嘘”で作り物だ。
だが、それを演じる役者の気持ちに“嘘”がないからこそ、その芝居は絵空事ではなく、リアルなものとなる。

あの時の茜の目に、“嘘”はなかった。
その“嘘”のない、雄弁な瞳に堕ちた自覚は航太にもあった。
加えてメールのやり取りをひどく楽しみにしている自分がいることも、航太は分かっていた。

だが、そこから先の行動をするには、いかんせん今はスケジュール的に余裕がない。
ツアーはいよいよ佳境に入るし、最終公演はカウントダウンライブだ。
つまり、年内ギリギリ、もしくは年明け早々まで仕事である。
茜の方も、もうすぐ地区大会の本番だと言っていたので、やはりしばらくは忙しいだろう。



「まあ…、ひとまずは現状維持で」



その言葉に、明らかにメンバーの3人は微妙な表情を浮かべたものの、流石にそれ以上突っ込むことはせず、この話はここで終わりとなった。
解放された航太は、ようやく本来やる予定であった、舞台の台本を読み始めることができたのだった。
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