初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
それからもう一度、茜は11桁の数字を見つめた。
もし、揶揄われたのではないとして、その場合何も反応しないのは、それはそれで失礼にあたるのではないだろうか。そんな考えが茜の頭をよぎる。
恐らく今日連絡しなければ、どんどん連絡し辛くなるだろうことは、想像できる未来だった。
だから、連絡するなら今日、いや、今しかないのだ。
茜は目を閉じて、思考を集中させる。
仮にこの番号がデタラメだったら、繋がらずに終わるだけ。本当だったとしたら、ひとまずは当たり障りない会話をして、そこからどうするか決めればいい。
もし揶揄われていたら、着信拒否にするなりすれば何とかなる。
そこまで考えて、茜は改めて自分の気持ちを確認する。
自分の中の、純粋な、本当の気持ち。
それは、航太に連絡したいという気持ちだった。
茜はゆっくりと目を開けて、カバンの中に入っているスマホを取り出した。
そして、ショートメールのアイコンをタップして、受信箱を開く。
それから、新規作成のボタンをタップしてから、あの11桁の携帯番号を入力し、メッセージを打ち始める。
『こんばんは。佐々木茜です。』
文章を打つという、普段当たり前にやっている行為であったが、指は震え、いつもより打ち終わるのに時間がかかってしまった。
打ち終わってから、茜はもう一度文章を見つめる。
なんの当たり障りのない、邪推される隙間はこれっぽっちもない、自己紹介の文章だ。
茜はいまだ震える指で、送信ボタンを押した。
入力画面に映し出されていたメッセージは、吹き出しとなって、画面に表示された。
もうこれで、後戻りはできない。
茜は一つ息を吐いてから、再び文章を打ち始める。
『今日は、ありがとうございました。』
今度は、先ほどより時間をかけずに送信ボタンまでたどり着き、二つ目の吹き出しが表示された。
それを見届けると、茜はスマホをテーブルの上に置き、滞っていた家事に手をつける。
だが、何をしても手につかず、視線はつい、テーブルのスマホに向けてしまう。