初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで

そんな状態でいた時だった。
ショートメールが届いたことを知らせる音が、部屋に響いた。
茜は畳んでいた最中の洗濯物を放りだして、テーブルの上のスマホを掴み、ロック画面を見ると、そこには、新着のショートメール受信の通知が来ていた。
送信者は、先ほど入力した11桁の携帯番号の主、つまり、航太だ。
茜は急いでロックを解除して、航太からのメッセージを表示させた。




『連絡してくれて、ありがとうございます。』
『改めまして、小倉航太です。』
『こちらこそ、いいロケになりました。』




挨拶・自己紹介・今日のお礼、と、実に簡潔な返信だった。
ひとまず、無難なやり取りが成立したことに、茜はそっと胸を撫で下ろした。


が、ここにきて新たな問題が立ち上がる。
それは、今来たメッセージに対して、どう返信すべきかということだ。
返さないという選択肢もあるにはあるが、いい大人の社会人がやることではないように、茜には思えた。
だから茜は、再び思考を総動員してなんて返すか考える。
なるべく当たり障りのない、誤解を与えない返信。
言葉にすれば簡単だが、実際にその内容考えるとなると難しい。
10分ほど考え抜き、茜はゆっくりと文章を打ち始める。




『もう、ロケは終わりましたか?』




そう打つと、茜は送信ボタンを押し、再びテーブル上にスマホを置いた。
すると、今度は2~3分で、スマホはショートメールを受信した通知音を奏でた。




『はい。今は、帰りの車の中です。』




何となく、新幹線移動かなと思っていた茜は、車というワードに驚きつつも、メッセージの返信を考える。




『お車なんですね。新幹線かなと思ってました。』
『新幹線も使いますけど、今回は車の方が都合がよかったので。』
『S市、新幹線の駅からちょっと離れてますからね…。』
『そういうことです笑』




そこからぽんぽんと会話が続き、少しだけ茜も緊張が取れてきた。あくまで、少し、だが。
同時に、不思議な気がした。今、スマホの画面を通じて会話をしているのは、スパノヴァの航太だ。
もちろん、それを証明するものは何もない。
このような文字のやり取りでは、いくらでも偽ることはできるだろう。
だが、今はそれを深く考えている余裕は、茜にはない。



と、不意に茜はある事実を思い出す。
今航太としているやり取りは、携帯の電話番号を利用したショートメールだ。
そしてこれは、送信側に料金が発生したはずだ。
いつまでこのやり取りを続けるかは分からないが、続ければ続けるほど料金がかかってしまう。
航太からの申し出ではあるが、流石にそれは申し訳ない気がした。
だから、メッセージアプリに移行した方がいいのではないかと茜は考えた。
だが、その考えはすぐに否定された。

思い出したからだ、以前、ある芸能人のメッセージアプリの内容が流出して、大騒ぎになったことを。

そんなことがあったから、自分と航太の会話が流出しても不思議ではない。
それでいらぬスキャンダルになったら、彼に迷惑がかかること請け合いだ。
それに今の時代、その会話の相手もすぐにネットは特定されてしまうだろう。
そうなれば、茜自身、平穏な生活が送れなくなるだろう。
となると、携帯キャリアのメールアドレスを交換するのが一番安全なのではないかと茜は思い至る。



『あの、ショートメールだと料金かかるじゃないですか。』
『だから、携帯のメールに移りませんか?』




そう送ると、少し間を開けて返信が来た。




『いいですけど、メッセージアプリの方が楽じゃないですか?』




航太の返信に、茜はまた頭を抱えた。
自分が先ほどまで考えていた懸念を、彼は気にしてないのだろうか。
それとも、自分が気にしすぎなのだろうか。
夏休み前に担任をしているクラスの生徒に、ネットで不用意に個人情報を流すな!メッセージアプリも気をつけろ!と言ったのを、記憶の片隅で思い出しながら、茜は文章を打つ。




『メッセージアプリだと、色々といつどこから漏れるか分からないじゃないですか…?』




正直、自分なんかが芸能人にこんなことを言っていいのか、送信ボタンを押すのを逡巡した。
だが、アイドルという人気商売にスキャンダルは禁物。
その可能性が少しでもあるのなら、それは排除した方がいいだろう。
そう自分に言い聞かせ、茜は送信ボタンを押す。
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