キネンオケ
5
瑛子の言葉が気になりつつも、その‘もっといろいろなもの’は魁に会っていくうちに知っていけることかと思っていた。

でもそうではなかった。会うといつも穏やかな笑顔で、交わすのは平凡な話題で、楽しくて、笑いがあって、それはいいひと時のはずなのに、何か違和感があった。居心地がいいだけで、深いところを何も知らない。
そういうとき、結局自分は彼にとって大勢いるであろう友人の一人で、特別な存在ではないのだろうなと思わされる。
そのことの気楽さとむなしさに気づいた頃には、もう秋のバラも見頃を過ぎていた。

魁と出会ってもう三か月近くになる。最近は忙しいらしい。会う約束もなければ連絡もない。世間話ができたり、意見をぶつけ合えたりする相手がいる人たちが羨ましいほど、秋は独り身の寂しさが倍増する気がする。


「お見合い?」

朝のストレッチをしながら電話越しに朋美は声をあげた。電話の相手は幼馴染の沙耶。

「そう、朋美の話をしたらぜひって。条件は悪くないないと思うよ。うちの院長の甥っ子で、医学博士も持ってるし、顔も悪くないよ。三十代半ばだから、ちょっと年上って感じるかもしれないけど…でも、演奏活動はこれまで通り好きなようにしていいって言ってるし、朋美の写真見せたら美人って何度も言ってたし、会うだけでも、どうかなあって。前に、朋美、結婚相手探してる医者がいたら紹介してって言ってたし」

沙耶は小中学の同級生で、地元の大学を出て看護師になった。どうやら就職先の病院の、院長の甥っ子を紹介してくれるというのだ。
確かに、以前、経済的に安定していて、いい人がいたら紹介して欲しい、はやく結婚したいという話はしていた。そのことを覚えていてくれたことは嬉しかった。

背中をぐっと伸ばして、伸ばした足のほうに体を倒してストレッチを始めて、スピーカーにしていた電話で沙耶の話に無言のまま聞いていると、彼女はもう一度言った。

「どうかな」
「私なんか紹介してややこしくならない?」

朋美の言葉に沙耶は笑った。

「ぜーんぜん。紹介するだけで喜ばれると思う。なんか、朋美のことすごい美化してるみたいだから」
「それってどういう意味なのよ」

強い口調で朋美が言い返すと沙耶が笑った。

「私も同席するし、地元に帰ってくるついでにご飯くらいの気持ちでいいからさ。おいしいもの食べさせてもらおうよ。」

沙耶の昔から知っている明るい声。たまには会いたいよ、という優しい言葉に誘われて、そうね、と朋美も笑って約束をした。

< 12 / 40 >

この作品をシェア

pagetop