キネンオケ
魁のことを知りたい気持ちは変わらなかった。本人の口から彼が抱えているいろいろなものを聞ける日があればとは思っていた。
けれどつい、本当につい、だった。

魁に「土曜日夜なら家にいる」と言われて次の約束のために何気なく乗換案内の時間を調べたときだった。ついでに近くに何かいいカフェでもないかなと思ってアプリでマップを見ていたとき、魁の実家の隣にあったクリニックの口コミを見てしまったのだ。誰でも見れる口コミだから、本当に見てはいけないものではない。でも、それは見るべきではないものではないかったのかもしれない。

「わざとではありません」

子どものころ、本当に悪気なく何かいけないことをしまったときに先生に言い訳したみたいな言葉が頭に浮かぶ。
本当に、わざわざ見ようとしたわけではなかった。でも、目について、気になってしまったのは嘘ではなかった。詮索するつもりはなかった。そんなふうに朋美は一人で言い訳しながら、レビューを見て、後悔というほどでもないけれど、見てよかったのだろうか、と言う気持ちになった。

─おじいちゃん先生から若先生(と言ってももういいご年齢かな)になり、少し待ち時間が短くなった気がします。
─先生はもともと脳外科だそうで、それ関係には詳しいですが、消化器系はあまり詳しくないのでしょうか。他の病院に行くようにすすめられました。
─医者の対応があまりよくない。体調が悪くて受診しているのだからもっと優しくしてほしい。
─脳外科出身の先生ですが、内科も丁寧に見てくださいます。先生のことは口数が少なくて子どもは怖がっていましたが、診断は的確で、頼りになります。昭和のお父さんと言うかんじかな?看護師さんや受付のスタッフさんはみな親切で、てきぱきと動いてくださっていました。

それらの、第三者の評価、いいことも悪いことも含めて、みんなの勝手な言い分を読みながら、朋美は何かがひっかかった。

もともと脳外科の先生が内科になるって、普通のこと、よくある話なのだろうか。何か事情があるのだろうか。

同時に、思い出す。魁の母親の顔。無表情なのにどこか物悲しそうな顔が浮かぶ。
知りたい。聞けない。同時に、見ないほうがよかったか、とも。

先ほどまでのことをすべて消し去るみたいにスマートフォンの画面を真っ暗にして、バッグにしまう。それから、窓の外を見て、街の灯りを見る。車内にはカップルも、老夫婦も、独り身で仕事帰りというような姿の男性も、女性も、たくさんいて、みなそれぞれ幸せそうだったり、そうでもなさそうだったり、色々で、目の前に見えることだけが今一番確かなことだと実感する。だからそう、そんなふうに魁の口からそのとき聞けることだけが、そのときの確かなことだ。

だから、そのときまで忘れよう。忘れられなくても気にしないようにしておこう。いつか直接彼から聞ける日まで。それまでは、何も確かなことなんてないのだから。

それでも、いくら言い聞かせても、朋美の心はざわめいていた。
< 20 / 40 >

この作品をシェア

pagetop