キネンオケ
借りたCDを返しがてら魁の家を再び訪れた。
ここのところ忙しい日が続くという彼は、午後七時頃なら家にいると言われて、CDを返すだけ、と思ってその時間に朋美は訪れた。
少し顔を見て用事を済ませて帰ろうと思っていただけに、魁の母親が夕食を召し上がって行ったら、と言ってくれたことに朋美は驚いた。
別に笑顔なんてない。先日と同じ、どこかけだるいような、物憂い感じで、料理などするのかと思うほどだが、余計なお世話だった。夕食と言われたとたんに気になる家庭の、手料理特有の匂い。いろいろなものがよく煮えて合わさった蒸気。焼き物の香ばしさ。室内を満たす温かさ。
そんなつもりで来たわけではない、夜も遅いしと朋美は言ったが、魁もすすめてくれて、普段の食事だから、帰りは送ると、そう言われて、それならと承諾してダイニングに向かうと白髪交じりの、少し恰幅のいい男性がテーブルに座っていた。状況からして父親だと思ったが魁には、あまり似ていなかった。少しだけ雰囲気が似てるかなと思うくらいで。同時に思い出してしまう、クリニックの口コミ。脳外科とか、若先生とか。
「ああ、紹介してなかったね。うちの父親」と魁が言って朋美が「こんばんは」と挨拶をすると、彼はほとんど無表情ながらも丁寧に立ち上がって、挨拶をしてくれた。
そのときのわずかな違和感。立ち上がる仕草。腰かけるときのゆっくりとした動作。腰が悪いのかな、と思う程度だった。でも違った。
食事が始まって十分程した頃だろうか。
「魚に合ういい日本酒があっただろう。前にもらったやつ。どこに片付けたかな」
そういって立ち上がって歩く姿を見て朋美は気づいた。魁の父親は、足腰が不自由なのだ、と。片足は少し引きずるような感じ。腰は時折痛むようで、座っていながらたまに険しい顔をして、無言で姿勢を変えていた。それでも他はごく健康的で、食欲も十分にあって、お酒もほどよく飲んでいた。決して愛想がいいとはいいがたいが、気を遣うように朋美にも話題をふってくれて、いくらか音楽の話をした。
頑張ってくださいね、と励ましてもらって、ありがとうございますとお礼を言って、とても和やかなひと時だったはずなのに、何かがひっかかっていた。
先日見たクリニックのレビューのせいだけでなくて、それがなかったとしても、気にならずにはいられなかっただろう。