キネンオケ
仕事のことも含め瑛子に会いたくなって、目白のマンションを訪れた。
瑛子は曲の解釈だとか、作曲家や時代背景にとても詳しい。技術が伴わないと瑛子本人は嘆くのだが、瑛子の演奏の魅力は、そういった知識あってこそだと朋美は思っていた。
楽譜には作曲家の想いがのせられていると瑛子は言う。そして音に人の想いを込めるから、演奏は甘くも切なくもなるし、色鮮やかにもなる。そして忘れられなくなる。
ミスをせずにただ楽譜通りに音を出すなら機械に任せればいいのだから。
いくらか楽譜と古い教科書を並べて、古いベルリンフィルのラヴェルを聴きながら二人で議論してると、ベルが鳴った。姿を現したのは和樹だった。
「夕食をよく食べにくるの。食堂扱いよ」
呆れたように、でも義理の弟を大切に想っていることを感じさせる瑛子の言葉に和樹は暇つぶしだよと笑っていた。出会ってからの期間は長くはないが、ここのところ顔を会わせる機会の増えた和樹は、すっかり朋美を理解したように「飲もうよ」と缶ビールを渡してくれた。
そのよく冷えたビールは数時間の議論の喉の渇きを潤すのにちょうどよかった。
「今日は、夏海さん一緒じゃないのね」
ソファにだらしなく腰かけて、流れているCDをまじまじと眺める和樹に朋美は言った。
和樹は視線をCDに向けたまま、ぐっとビールを飲んでから言った。
「夏海は今晩当直。それに、俺たち別にセットじゃないから」
朋美が何気なく言うと、彼もまた同じように平然と言った。一人なんて大したことない、というような口調で。
「あら。一人じゃつまらないくせに」
そういうと、和樹は笑った。怒ったり否定したりしないところを見ていると、やっぱりそこに愛があるんだと思う。自立していて干渉せず、お互いを尊重し合う、最近のカップルらしい二人。将来の約束はないらしいけれど、このまま幸せになって欲しいと、二人を見ていると思う。
「ちょうどいいわ。和樹と話がしたかったのよ」
朋美が言うと和樹は飲んでいた缶ビールをそっと口元から離して、ゆっくりと口角を上げてにんまりと笑った。
瑛子は曲の解釈だとか、作曲家や時代背景にとても詳しい。技術が伴わないと瑛子本人は嘆くのだが、瑛子の演奏の魅力は、そういった知識あってこそだと朋美は思っていた。
楽譜には作曲家の想いがのせられていると瑛子は言う。そして音に人の想いを込めるから、演奏は甘くも切なくもなるし、色鮮やかにもなる。そして忘れられなくなる。
ミスをせずにただ楽譜通りに音を出すなら機械に任せればいいのだから。
いくらか楽譜と古い教科書を並べて、古いベルリンフィルのラヴェルを聴きながら二人で議論してると、ベルが鳴った。姿を現したのは和樹だった。
「夕食をよく食べにくるの。食堂扱いよ」
呆れたように、でも義理の弟を大切に想っていることを感じさせる瑛子の言葉に和樹は暇つぶしだよと笑っていた。出会ってからの期間は長くはないが、ここのところ顔を会わせる機会の増えた和樹は、すっかり朋美を理解したように「飲もうよ」と缶ビールを渡してくれた。
そのよく冷えたビールは数時間の議論の喉の渇きを潤すのにちょうどよかった。
「今日は、夏海さん一緒じゃないのね」
ソファにだらしなく腰かけて、流れているCDをまじまじと眺める和樹に朋美は言った。
和樹は視線をCDに向けたまま、ぐっとビールを飲んでから言った。
「夏海は今晩当直。それに、俺たち別にセットじゃないから」
朋美が何気なく言うと、彼もまた同じように平然と言った。一人なんて大したことない、というような口調で。
「あら。一人じゃつまらないくせに」
そういうと、和樹は笑った。怒ったり否定したりしないところを見ていると、やっぱりそこに愛があるんだと思う。自立していて干渉せず、お互いを尊重し合う、最近のカップルらしい二人。将来の約束はないらしいけれど、このまま幸せになって欲しいと、二人を見ていると思う。
「ちょうどいいわ。和樹と話がしたかったのよ」
朋美が言うと和樹は飲んでいた缶ビールをそっと口元から離して、ゆっくりと口角を上げてにんまりと笑った。