キネンオケ

朋美はまた大きなため息をついて、いかにも憂鬱そうに和樹に言った。

「誰かいない?先輩とか、同僚とか。独身で彼女いない人。いたら紹介して欲しいわ。本気よ。和樹の友達なら将来有望でしょ?」

和樹は少し考えたような顔をしながら、うーん、などと言ってワインを飲む。だいたいは彼女がいるか、彼女を作る気がないかだからなあと独り言のように彼はつぶやいた。

朋美はその様子を見ていたら、他人に期待しちゃだめねと思いつつやさぐれたような面持ちで「他のお酒ちょうだい」と言って、空になったワイングラスを瑛子にぐっと差し出した。

瑛子は笑って深紅色の液体を注いだ。赤ワインに合わせて食べて、と言って用意してくれた生ハムをつまんで口に入れると、和樹が言った。

「いた」

いた、という言葉の意味を朋美は瞬時に理解した。
和樹のほうに顔を向ける。瞳を輝かせて。

「ほんと?」

朋美の興奮した様子も堂々と受け止める和樹に、瑛子は思わず首を傾げた。
にんまりと、いやらしいほど丁寧な和樹の微笑み。こういうとき、和樹は何かを楽しんでいるのだ。その‘何か’のことを、和樹はだいたいすぐに教えてくれない。もしも教えてくれるとしたら、いくらか時間がたってからだということを、瑛子は短い付き合いだがわかっていた。

「いちおう、医者だよ」

いちおう、という言葉が気になったのは瑛子だけで、朋美は興奮しっぱなしである。

「顔は?」

朋美が勢いよく聞くと和樹は笑って、写真あったかなあとスマートフォンをいじりはじめた。そして、写り小さいけど、ほら、これ、と言って見せると、朋美は歓喜の声を上げた。
スマートフォンの小さな画面に映るその彼は、目鼻立ちがはっきりとしていて、どちらかというとかわいらしい感じで好みは別れそうではあったが、とにかく顔立ちが整っていることはそれだけでよくわかった。
身長は175あるかないかくらいじゃないかな、と和樹が付け足すと朋美はすぐに言った。

「アリよ、アリ!今すぐ紹介して!」
「近いうちに連絡してみるよ」
「今すぐ、ここで連絡して!」
「無茶言うなあ。お前、前に会ったときと態度まるで違うじゃん。どーなってんの?」

和樹と朋美のやりとりを見ながら思わず瑛子は笑ってしまった。でも、和樹の様子を見ながら何かがあるのかな、と思う。

朋美が張り切って「ビールもらうわよ!」と言って冷蔵庫のほうに行っている隙に、瑛子は小さな声で和樹に聞いた。

「本気なの?」
「何が?」
「朋美に紹介するっていう方って、ちゃんとした方なの?私の友達なのよ。変な人だったら困るわ」

怪訝な顔をした瑛子に和樹は、やはり何か企んでいるかのように、含み笑いを浮かべている。

「大丈夫だよ。中高の同級生だったやつで、ちゃんと医師免許も持ってる。でもまあ、そう。あれくらいやる気があって、パワフルな相手がちょうどいいんじゃないかな」

ニヤリともう一度和樹が笑って、どういうこと、と瑛子が聞こうとしたとき、朋美が缶ビールを3つ、両手をうまく使って持ってリビングに戻ってきた。

「さ、乾杯しましょう!明るい未来を祈って!」

カンパーイ!という朋美の明るい掛け声に合わせて、三人でビールを傾けた。その大きな声で目を覚ました夏海も加わり、楽しい夜が始まる。お酒の力もあって夏海と朋美もすっかり打ち解けたようで、連絡先の交換までしている。今度コンサートにご招待したいわ、と朋美はにこやかに微笑んでいた。
嬉しそうにする夏海を見る和樹は、よかったじゃん、と言って、とても和やかで、ほほえましくて、いい雰囲気だった。

しかしその中にいながら、瑛子だけが、何か釈然としないような、この妙な気持ちを分かって欲しくて、旦那であり、和樹の兄である博樹が帰ってくるのを心待ちにしていた。

< 3 / 40 >

この作品をシェア

pagetop