大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾 】
「では、(つぶら)。俺はこれで失礼する」

そう言って、大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)が彼の部屋の外に出た丁度その時だった。

部屋の外では、何と韓媛(からひめ)が待ち構えていた。

「韓媛、お前どうした。円に何か急用か」

そんな彼女を見て、大泊瀬皇子は少し不思議そうにした。

韓媛は、大泊瀬皇子が父親の部屋から出て来たのを確認すると、思わず彼に歩み寄った。

「大泊瀬皇子、ごめんなさい! 私皇子にお願いがあって、ここで待っていたの」

韓媛はひどく必死そうにしながら、大泊瀬皇子の腕にしがみついた。

これには、皇子の後ろにいた葛城円(かつらぎのつぶら)も流石に驚く。

大泊瀬皇子は、いきなり自分の目の先に韓媛の顔がやってきて、ひどく動揺した。
彼女の父親が後ろにいなければ、危うく何か行動を起こしていたかもしれない。

「韓媛、一体どうしたんだ?」

大泊瀬皇子は、高ぶる気持ちをおさえて、彼女に聞いた。

「私を軽大娘皇女に会わせてほしいの。どうしても、彼女をお救いしたくて」

それを聞いて大泊瀬皇子と葛城円は思った。軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)は、木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)との件で今とても悲しんでいる。
それで韓媛は、そんな彼女を励ましたいと思ったのだろう。

「まぁ、それは出来なくはないが……(かる)の姉上も、話し相手になる人間がいれば、多少は元気になるやもしれない」

大泊瀬皇子は、ふと葛城円の方を見た。

彼も相変わらず驚いたままだが、娘にここまでお願いされてしまうと、流石に駄目ともよう言えない。

「まぁ、大泊瀬皇子が構わないのであれば、私は特に反対はしません。娘もそれ程までに、軽大娘皇女を心配しているようなので」

(やったわ。これで軽大娘皇女をお救いできるかもしれない)

「大泊瀬皇子、お父様。本当にありがとうございます」

韓媛は、何とか軽大娘皇女に会えそうなので、とりあえず安心した。

「では今日はここに泊まって、明日韓媛を遠飛鳥宮(とおつあすかのみや)に連れて行っても良いだろうか?
今回の場合だと、早めに姉上に合わせた方が良さそうだ。それに韓媛を、またここまで迎えに行く手間も省ける」

韓媛としては、1日でも早く軽大娘皇女の元に行きたいので、その提案は大賛成だった。

「私も早く軽大娘皇女に会いたいので、そうして下さると嬉しいです。お父様良いでしょうか……」

韓媛はとてもすがるような目で、父親の円を見た。

葛城円もこんなふうに娘にお願いされると、中々反対しずらい。それに先程、遠飛鳥宮に行く事を了承したばかりだ。

「分かりました、ではそうしましょう。大泊瀬皇子の負担を考えてみても、それが良いでしょうから」

「円本当に済まない。韓媛はちゃんと責任をもって、ここまで送り届けるようにする」

大泊瀬皇子は彼にそう言った。
それに心なしか、皇子が少し嬉しそうにしている感じもする。

だが逆に、葛城円は少し悲しそうな目をしていた。

韓媛はそんな彼らを見て、どうして2人の表情がこんなに違うのか不思議に思った。
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