大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾 】
「だが市辺皇子(いちのへのおうじ)の場合は、元々別の姫を妃に考えていた。でも相手がそれを拒み、それでその後に葛城の姫と婚姻がまとまったようだが」

大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)はそう言って、手元にあった串差しの焼き魚を口に入れた。今日の朝早くに、この離宮の人が取ってきていたようだ。

「え、別の姫って、一体誰の事ですか?」

韓媛(からひめ)も山でとれた山菜と、干し飯をお湯で柔らかくしたものを一緒に食べながら話していた。

(その話しも初めて聞いたわ。あの市辺皇子に他の意中の姫がいたって言うの……)

「俺の父親の兄にあたる瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)の皇女の阿佐津姫(あさつひめ)だ。お前も噂で聞いた事があるかもしれないが、この大和内でも、かつては特に美しいと噂されていた姫だ。だが彼女は市辺皇子との婚姻を断り、物部筋の元に嫁いでいった」

「皇女の阿佐津姫……名前は聞いた事ありますが、お会いした事はないですね」

韓媛もそれは意外だったなと思った。市辺皇子は今の妃である荑媛(はえひめ)とは上手くやれていたので、まさか過去にそのような事があったとは。

「市辺皇子はその阿佐津姫の事がお好きだったのでしょうか? もしそうなら、きっととてもお辛かったでしょうね」

韓媛は思いが通じない恋が、どれ程辛い事かを知ったばかりだ。なので余計に市辺皇子が気の毒に思えた。

「その辺は俺も分からないが、相手の姫が拒んだのだから仕方ないだろう。その後は諦めて、潔く他の姫を娶ったのだから、それで良いのではないか」

(大泊瀬皇子の言ってる事は間違ってはないけど……)

韓媛は何とも複雑な気持ちになる。人の想いとは中々上手くはいかないものだ。


そんな話しをしていると、葛城円(かつらぎのつぶら)が2人の元にやってきた。
最後にもう少しだけ紅葉を見て、それから大和に帰ろうとの事だ。

こうしてその後帰りの準備をし、そのまま昨日行った川の近くに行き、馬に乗ったまま秋の紅葉を眺める事になった。
昨日の韓媛の件があったので、葛城円は彼女を馬から絶対に下ろさせないようにした。

(まぁ昨日の事もあるし、仕方ないわ)

あと2人が離宮に戻って葛城円から聞いた話で、昨日会った2人の兄妹の子供達は、その後無事に親元に帰れたようだ。

今回の経緯を聞いた彼らの親達は、この件に対して涙を流して詫びた。
そしてそのお礼にと、その後離宮に食べ物等がいくつも届けられた。



こうしてその後、韓媛達はそれぞれの宮や住居に戻る事となった。
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