瞬きもせずに・・
1年生飛躍編
プロローグ
もう何回目のブレークを迎えているんだろう。
先輩の背中が息を吐く毎に大きく揺れている。
先輩の相手は未だ余裕が有るのか、サービスを受けるタイミングを計るように左右に揺れる。
先輩の弾丸が静まるコートに響く。
音は静まる事無く、また打ち相が始まる。
そこには、コートに弾けるボールの音と、打ち合う選手の気合いだけが響く。
数回のラリーの後、先輩が広げたラケットのその先にボールは無情に消えた。
相手方の拍手と歓声がコート内に沸く。
既にマナーどころではない。
歓声が全身で息をする先輩の体を、押し付け倒す感覚になる。
私は左手首のミサンガを握り締めていた。
(先輩・・・)
会場は相手選手のムード一色に染まる。
当然だ。先輩の相手はあの野崎アラタだ。
ジュニア時代から数々大会を制覇して、中学では世界大会に出場を果たし高校一年生でありながら二度の全国優勝を果たした。
この大会で三連覇を果たそうとする、テニス界のプリンス!
こぞって新聞、雑誌、各メディアの記者、テレビカメラ等が会場を多い尽くす。異例の盛り上がりだ。
しかし、当初の下馬評は順当に三連覇出来ると思われていた野崎アラタ選手サイドだったが、先輩が立ち塞がった。
決勝戦!取られては取り返し事々くゲームを返して行く。
1セット目からタイブレークが始まり、ラリーの応酬を繰り広げている。
関係者、当大会は騒然となった。
「あの野崎アラタと対等に試合が出来る高校生がいるのか!」
しかし今、先輩は第三セットのブレーク、アドバンテージを取られた。
相手選手は小さくガッツポーズを決める。
悔しい・・
私は先輩の背中をいつも見てきた。
辛い時も。
悲しい時も。
嬉しい時も。
私が今ここに居ることが出来るのは先輩がいたから。
あなたがいたから。そして先輩の努力は誰よりも知っている。
この大会に標準を定めて全てを賭けている。
もうマナーなんて関係ない!
コートチェンジをしながら下を見つめる背中越しに、想いの丈を込めて叫んだ!
「前を向け!胸を張れ!自分を信じろ!」
拳を握り締め高々く左腕を掲げた。そして右手をミサンガに添える
その言葉に先輩が顔を上げ振り返る
一瞬目が合う!
負けじと見つめ返す!
そしてまた力強く叫ぶ。
「ボールだけ意識しろ!後ろは、あとは全て私達に任せろ!」
今度は大空に向けて叫んだ!
いつも先輩が叫んでくれた言葉だ。
私だけではない。
部員全員の試合を出来るだけ多く応援してくれていた。そしてこの言葉で何人かの選手は力が湧いてきただろう。
少なくとも私はこの言葉で、このミサンガで勇気をもらい、闘えた。
一瞬会場が静まり返る
「「「「あとはすべて俺達に任せろ!」」」」
「「「「あとはすべて私達に任せろ!」」」」
「「「「あとはすべて僕達に任せろ!」」」」
回りを見ると城川高校テニス部員全員が叫んでいた。
先輩達、後輩、女子部員、男子部員、皆がみんなミサンガを掲げ思いの丈をぶつけていた。
そうなんだ!みんながこの言葉に助けられていたんだ。私だけではなかった。
皆が先輩を見つめる。
先輩が何かに気づいた様に「はっ」とした顔になったと思うと一度顔を空に向け大きく息を吸っていた。
そして先程とは違う肩越しから振り返り、私と目が合うと「ニヤリ」と笑った。
「先輩・・・・」
私は知っている、先輩が何かしでかす時あのいたずらっ子の様な笑みを見せる。
嬉しくなった。
いつものあの微笑みで皆を見てくれている。
私も負けじとあの笑みで見つめ返した。汗と涙でぐしゃぐしゃな顔をしながら。
「ニヤリ」と。
真剣な眼差しで野崎アラタのサービスを見つめる。振り下ろされた瞬間!先輩は既にボールの軌道に走りフォアハンドでリターンをスマッシュした。
一瞬の出来事で野崎選手も動けず先輩を見つめる。
ジュース!
呆気に取られた野崎選手だったが、気を取り直し一拍置くと真剣な表情でサービスを撃つ!
強烈な弾丸!
フォルト!
ボールは白線の外に外れた。
野崎アラタが動揺している。
もう一度深呼吸をしてボールを打ち込む
先輩のカラダが一瞬沈む!
と思ったのは束の間!石火の如く前に出た!
サービスをボレーで打ち返した!
全く反応出来ない野崎アラタの足元に弾丸が弾いて行く。
会場はシーンと静まり返る。
息をすることさえも忘れたかの様な空気を審判の声で歓声と変わった。
そして先輩がアドバンテージを取った!
やったー!
隣で観戦していた和希先輩と手を握り締めながら跳び跳ねる!
後一球。
ワンタッチ。
先輩を見つめる・・
先輩の一挙手一投足を。
今を刻もう。
ただ見つめる事しか出来ない。
すでに涙で焦点が定まらないけど、貴方のその姿をただ見つめる
・・瞬きが出来ない程に・・
先輩の背中が止まる。
1拍置いてゆっくりとボールが頭上に上がる。
私達はその動作を、ただ皆が目線の先だけでその先を祈る。
いつも、何回。何百何千回のあなたの綺麗なフォームを見つめ続けたその姿を思い描きながら
・・・・先輩!
ただキラキラ輝るボヤけた視界の先で涙で霞んだ先輩の姿が見える。
両手を挙げてこっちに駆け寄ってくる。
多分満面な笑顔向けながら。
その後割れんばかりの歓声が私を抱き締めた。
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