瞬きもせずに・・
ーーー



(出だしは順調だな)

桜井はしたり顔でコートを見つめる。







ヒヨッ子一団は8人に対して向こうは実際1、2年の混合だ、まぁ軟式からの経験者を含め5人しか居ない1年だからこちらの8人に合わせて2年が3人入っているコート二面を使ってのゲームだ。

既に各コートで3ゲーム終わって2勝4敗、当然2年生の3人には負けた。

しかし1年の二人からは接戦だけどゲームに勝利してる。

外野も驚いている!あのヒヨッ子達の上達の速さが際だち、試合になっていて事に目を見張っている。



最後のゲームを始めるのは幡野と1年上草柳由香、隣のコートでは遠藤と1年松本歩。

双方の相手はテニス部1年の中ではトップだ。上草柳は中学軟式テニス女子で県大会ベスト8の実績。松本は市内のテニスクラブで市民大会の中等部でベスト4まで行っている。

さぁお二人さんがどこまで食らい付けるか楽しみだ。



「中々面白い事になってきてるな」



桜井の隣に3年のマネージャー赤池啓司あかいけけいじ先輩が来た。



「はい、皆向上心が合って上手く成ってます」



赤池先輩はテニス部マネージャーのリーダーだ神山部長を支えて練習メニューや道具の扱い方、コート管理運営、年間スケジュールを考える。顧問の仕事や部長の仕事を裏で支える、テニス部の縁の下の力持的存在の人だ。



「でも先輩ここからもっと驚きますよ」



桜井は赤池に横目でコートを指す。







ーーー





(フォアハンドは無理に開かずボールを引き付けてすくう様に腰で・・)



「幡野!センターに来い!」



審判の増田先輩にどやされてスゴスゴとネットに寄る。



棒のくじ引きでコートとサービスを決める。

サービスは上草柳さん、にこやかに軽く挨拶を交わす。



サービスマークからちょい右寄りに位置を置き呼吸を整えている。



上草柳由香。彼女はTシャツの袖を捲り、二の腕が小麦粉色に日焼けして白黒ツートーンカラーが目立つ、テニス焼けをしている。髪はショートカットでバイザーで前髪を上げ、『ザッ!テニス部』を表す様な女性だ。



私も呼吸を整えセンターに位置しラケットを軽く握り中腰に構える。どちらにもダッシュ出来る様に爪先に神経を落とす

バスケで鍛えた下半身には自信がある。

先輩が円陣で話した秘策・・・・と言っても今私に出来るテニスは・・



上草柳がサービスを放つ!



ネットギリギリを掠めるショット!速い!・・でも桜井先輩程じゃない!遠藤君と互角かそれ以上!よしっ!



素早くボールのストローク地点に走り寄る(胸元迄引き寄せてすくう様に・・打つ!)フォアハンドでスマッシュ!

・・・そして走る!

リターンは早い!頭で考えるより先にボールを見て走るそして打つ。

返せた!

上草柳さんのサービスの力をそのままリターンする。



桜井先輩からの秘策・・・・(君達の武器はただ走る事。走って走って走ってひたすらダッシュする、そしてボール前に必ず向かえる事、そしてリターンはいつも一振りと決めて撃ち抜く!リターンゴッコはしなくていい!カーブやロブなんかは出来ないからカッコつけずにストレートのストロークを打てばいい。それが君達の勝つ必殺技だ。だから体力は残さず最後まで全力で行こう!・・・・)



そうだ私達は、ヒヨッ子一団はチャレンジャーだ!恥ずべき物などは・・・全てだから・・何も怖がることは何も無い!そう始めから、まだ何もまだ何も無いんだから。



行けーーー!




ーーー





何?何?

幡野さんテニス未経験者でしょ?

サービスをしっかり打ち返している!しかもスマッシュは力強く球筋がしっかりしてる。

「ふん!」

一振りが強い、初心者として舐めてたらミスする。ここは負けられない



上草柳由香はプライドを賭けラケットに力を込める。



「30ー0サーティン ラブ」



よしっ!なんとか行ける幡野さんのネットミスで1ゲームをなんとか取れそうだ。





やはり付け焼刃ではそう簡単に私は倒せないよ!





ーーー



あー!またネットに当たった・・・

中々向こう側に行かないな・・・何が行けないのかな?

でも楽しい。こんなに走ってもまだまだ大丈夫。上草柳さんの球は早いけど足は届く。うんまだ試合は始まったばかりだ。



幡野は空を見上げ息を吸い込む。



ーーー



試合は上草柳が2ゲーム先取。大体がネットに当たりポイントを取られる。



「うーん幡野はまだ打つタイミングが会わないのか?」



「そうですね頭と体がまだ合ってないですね」

「でももうすぐですよ!幡野の反撃はここからです」



桜井は幡野の走る後ろ姿を追いながらニヤリと笑った。



ゲームは2ー3と幡野が追い上げを開始した。今迄は10回に3回はネットだったが、今は最初の緊張と疲れからだろうかだいぶ肩の力が抜け、腰のしなやかさが伸びてきた。その為ネットの向こう側に球が突き刺さる様になった。

元々運動神経が群を抜いて際立っていた幡野は呑み込みも速く目標にしていたレベルを大幅に成長してきていた。



そして遂に4ー4と並んだ!



「アーー!」

「っしゃぁーー!」



上草柳が叫ぶ。

幡野が吠える。



桜井は幡野の身体能力を見抜いていた。1ヶ月半の練習でズバ抜けて足腰が強く、動体視力が高い、更には身体のバランス感覚が1年生の中でもいや、テニス部の中においても片手の中に入ると思っている。

入部当初に同じクラスのバスケ部の女子から『幡野さんを返して』などの嫌味を言われるのも頷けた。

確かにこれだけの運動神経を持っていれば即レギュラーになれるだろう、と思う。



試合は進む。『4ー5』幡野がアドバンテージを取ったサービスはこっちだ。ここで桜井が叫ぶ。



「幡野!深呼吸しろ!そして一気に行け!」



幡野は桜井の方を振り向き「コク」と頷く。



ーーー



今凄く体が熱い。自分でも良くわかる。桜井先輩が声をかけてくれた一言で我に帰ってきた。



アドレナリンが体を、脳内を駆け巡っているのだろう。でも大きく息を吸い込む、そしてゆっくり吐き出す。青空を見つめる。もう一度吸う、そして上草柳さんを見ながら息を吐き出す。

幡野家家訓!『調子に乗っているなら乗りまくれ』だ!



短期集中。一撃必殺。電光石火。カメハメ波。

ふと桜井先輩のあの『ニヤリ』顔が浮かんだ!

よし。

ゆっくりボールを上げ桜井先輩のフオームを思い浮かべ、ラケットを振り抜く。

上草柳さんの脇を掠める!



「サービスエース!」



ラケットを握る手に力が入る!よし!

続いてサービスを返して強烈なスマッシュがベースラインギリギリに落ちた!



「ラッキー!」

もう一度どサービスを返す。

しかし上草柳さんのリターンはネットを越えない。



「0ー40ラブフォーティ」



マッチ!ポイント!



一気に行く!



ボールを一度強く握り締めてラケットに擦り合わせる。そして軽く上げてボールだけ見つめる。



イメージのまま、コートの隅に吸い込まれる様に。ボールが線を書く様に、一直線に撃ち抜いた。
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