瞬きもせずに・・
登校初日
朝靄の中を私はなぜか歩いてる。
少し小高いサンゴジュの木々が薄緑の新葉を覗かせる。緑の香りが鼻腔をほんのり刺激する。
「気持ちいいー」
両腕を「ウーン」しながら高々にあげ拓かれる道を歩いている。
「パシュ!」「ガシャン」
ふと音が聞こえてくる。「なにかな?」
その音のなる方へ足を進める
「パシュ!」
「ガシャン」
また聞こえてくる。
木々の垣根が終わるその先に緑のフェンスの扉が口を開けていた。
ふと足を踏み入れる。
そこには赤土で固められたテニスコートが一面広がっていた。
そこに1人の少年がいた。
真剣な眼差しで何かを見つめるその横顔に一瞬瞳を奪われた。
そしてゆっくりと手に持つボールを頭上に高々と投げる。
左手が頭上にかかげられ、きれいな曲線でしなやかに体を後ろに反らす。脚の間接をギリギリの所まで筋肉のバネに負荷かける下半身はギリシャ彫刻のようだ。
その動きに堪らず息が止まる。
それはスローモーションに滑らかに動き出す。
その瞬間!
もう片方に持つラケットが肩越しから稲妻のように振り下ろされた。
見とれてしまった・・
バシュ!
カーン!
瞬間!視界が「グラ」っと揺れた。
「えっ?」
意識とは裏腹にカラダが勝手に後ろに動く。
『きゃっ!』
その視界の先に!美少年と目が合った!
イケメンだ!
イケメンさんが駆け寄ってくる!
なに!なに?
息のかかるぐらいのアップだ
(ウハー 王子さま?!、私の素敵なプリンス?!・・ウフフ・・)
「・・・」
「・・恵めぐみ」
「恵!起きなさい!」
うーん・・・・
もーうっ!なによっ!今天国のようなシチュエーションなの!
私は未だ夢心地から抜けきれぬまま、母の声に愚痴りながらも天井を見つめながら余韻に浸った。
朝食の匂いに引き寄せながらダイナニングに降りてきた。
「おはよう」
朝食が広がるテーブルの席に着く。
「おはよう。恵 起きるのが遅いじゃないのか」
「え?」
「え?じゃないだろ!」
「今日は初登校の日じゃないか」
そうなのだ。家の!いや!父の持論なのだ。何事も最初が肝心。小学生の時も中学生の時も初登校の日にはみんなより早く登校させられ、グランドや校内の中を見て歩いた・
「父さん、私はもう子供じゃないし高校生にもなって、そんな早く登校してもしょうがないじゃん」
「そんなことは無いよ、父さんは新入社員の時だって大学の時も誰よりも早く行って心の準備をしたもんだ。」
もうまじめか!
父さんは一人でウンウンと頷きながら納豆を引いている。
「もしかしたら良い事があるかもしれないよ!『朝起きは三文の得』と昔の人も言っているならね。」
妙に自分で自分の言葉に納得したかの様に『ウンウン』と頷き、微笑んでいる
「だから今日は父さんが車出してあげるから一緒にいこう」
ハァ~ 既に準備万端ってやつだったのね。
うちのお父さんは温厚だけれど『これっ!』っと思ったことは結構頑固なので、ここは大人しく従うしかない・・・・
「はい!そうと決まればさっさとごはん食べてね!拓斗たくとはもう学校に行っているんだから!」
お母さんまで私を煽り始める始末だ。
いそいそと半熟の目玉焼きに箸を入れて朝食を片付ける。
車中、お父さんはノリノリで学校の話をする。
私が通う城川高校は、郊外から離れた神奈川県の北に位置する、いわゆる田・舎・と言う場所になる、自宅からだと普通に通うなら、電車とバスを乗り継ぎ40分を要する。
横でハンドルを握りながら学校のウンチクをドヤ顔で話している。
お父さんはドライブ気分で送ってくれてはいるが、私は少し恥ずかしい。
フロントガラスから見える山間の校舎が、朝もやの白と迫りくる山の緑に霞み消えるようにちょこんと佇んでいるのが見えてきた。
「さぁ着いたよ。」
校門近くのバス停に止まりお父さんが回りをこんで助手席のドアを開ける。
「もう子供じゃないんだから恥ずかしいよ!」
もう親バカすぎるよ
「何恥ずかしがっているんだ!今日は高校生活の初日なんだよ。」
「・・・・」
「頑張って来なさい。」
「・・うん・・行ってくる」
お父さんの言葉に押されながら軽く手を挙げて校門に向かう。
校庭には運動部の朝練がチラホラやり始めていた。
恥ずかしくなりながらも緊張した面持ちで校内に入る。正門から並ぶ桜の花が目に入る。散りかけてはいるが、鮮やかに出迎えてくれた。
針葉樹の垣根を過ぎて下駄箱横の駐輪場に目をやる。
トンネルの様に駐輪場の雨避けがずうっと奥まで延びていて、そのトタン屋根の継目の隙間から差し込む光が埃に反射し、神々しく自転車を差す。
「・・綺麗」
思わず声に出しちゃった。
そのトンネルの奥から光る先に足を運ぶ。
立派な野球のグランドが見えた。野球部の人達が朝練をしている。
そう言えばこの学校は野球に力を入れていたんだと。さっきお父さんが言ってたっけ。
グランドを右手にして校舎を左側に回った。
正門から大分離れて校舎の裏側まで歩いて来た。
この学校は緑が本当に多く空気が清んでいる。
まだ教室に生徒もいない。喧騒も無くとても静かだ。
「気持ちいいな~」
両腕を挙げ空気をいっぱい吸う。すると
「パシュ!」
「カンッ!」
「ガシャン」
前の方か音が聞こえてくる。「なにかな?」
「パシュ!」
「ガシャン」
また聞こえて来た。
少し興味が湧き垣根の葉を触りながら歩いて行く。垣根の切れ目から緑のフェンスの扉が口を開けていた。
おや?っと顔を先に覗かせる様にふと足を踏み入れる。
そこには赤土で固められたテニスコートが一面広がっていた。
あぁここはテニスコートか。土のコートでも綺麗にならされている凹凸も感じない。素人の私が見ても確りと整備されているようだ。
誰かいるのかな?とキョロキョロと見渡す。
すると丁度私の入ったコートの反対側にひとかげを見つけた。
私からだと斜めに見えるその人からだと私は視線に入って無いのだろう、城川とローマ字で書かれたトレーナーを着たその人は立っていた。
何気無く見つめていた。真剣な眼差しで何かを見つめるその横顔に一瞬瞳を奪われる。
何を見ているのかな?
その視線を辿って、見えない点線を追うように視線を動かすと私の横ににあるライン上に幾つもの空き缶が置かれていた。
なるほど!狙いは空き缶か!
そしてゆっくりと手に持つボールを頭上に高々と投げる。
左手が頭上にかかげられ、きれいな曲線でしなやかに体を後ろに反らす。脚の間接をギリギリの所まで筋肉のバネに負荷かける
その動きに堪らず息が止まる。
それはスローモーションに滑らかに動き出す。
アイススケート選手が大回転ジャンプを飛ぶ前のモーションの様にしなやかで優雅だ
ラケットを振り抜いた姿を見とれていた
それはほんの一瞬の出来事。
「危ない!」
その人が叫ぶ。
その人の顔は驚いている。
その人の視線の先を向く。
「えっ!」
視界に空き缶が飛び込んで来た。
瞬時に交わそうと足を横に流したとき何かを踏み視界が回る
「きゃっ!」
頭に激痛が走る。
えっ!なに?
空が見える青い空が。「空が青いな」
そして私は気を失った。