虹色のキャンバスに白い虹を描こう


ふと見た西本先輩の手の平が真っ赤で、叩く方も痛みを伴うのだと、当たり前のことを遅ればせながら思う。


「……すみませんでした」


自然と口から出た謝罪は、「それ、誰あて?」と指摘を受けた。


「羊に向けてだったら、伝言とかしてあげないからね。そういうのは、ちゃんと本人に顔つき合わせて言わないとだめ」

「……はい」

「でも、私はもう正直あんたを羊に会わせたくない。理性的に話せると思えない。今の犬飼くんだったら若干望みあるけど、また暴走しないとも限らないし」


正論を述べた西本先輩が、退部届に視線を落とす。


「私にやめさせる権限はないよ。さっきは私も焦ってたから強硬手段取ったけど、最終的に決めるのは犬飼くん自身」


その言葉を最後に、彼女は美術室を後にした。

大丈夫、大丈夫だよ、と廊下から西本先輩の宥めるような声が僅かに聞こえる。白先輩を落ち着かせるためだろう。

それを耳にした時、固く決めた。僕はもう絶対に関わるべきではないと感じた。せめてその線引きくらいは間違えたくなかったし、自分は父親(あいつ)とは違うと納得したかった。

後日、退部届を持って現れた僕に、部長は当然のごとく理由を尋ねてきた。
嘘をつくのも本当のことを言うのも苦くて、逃げるように帰ったのが、美術室での最後の記憶だ。

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