虹色のキャンバスに白い虹を描こう
遠回しに仕組んで駄目なら、直接諦めてもらうしかない。
あえて愛想良く話しかけるのはやめ、淡々と述べる。いつもならもう家に着いている時間だ。表情筋が限界を迎えていたからちょうどいい。
「いえ、別に失望はしてないですけど……ちょっと変わった人だなあとは、思いました」
「そう」
目を伏せて返事をすれば、向かいからくすくすと笑い声が聞こえる。
「ふふ」
「……何?」
「残念でした! 航先輩、私に諦めて欲しくて意地悪なこと言ってたんですね?」
違う。もともと僕はこういう人間だ。
確かに諦めて欲しかった。だけれど、そのために悪人を演じたわけじゃない。本来の僕を提示しただけにすぎないのだ。
それなのに否定の言葉は咄嗟に出てこなくて、かといって肯定なんてできるわけがなかった。
「ずっと気になってました。あの絵を描いたのはどんな人なんだろうって」
あの絵――つまり、僕が去年描いたもの。「天使」の絵だ。
彼女がゆっくりと目を伏せる。
「何となく見ただけで、通り過ぎるつもりでした。でもできなかった。絵の中の瞼はしっかり閉じているのに、このまま見続けていたらいつか開くんじゃないかって……気が付けば、立ち止まって隅から隅まで鑑賞していました」