虹色のキャンバスに白い虹を描こう
誘われた――まあ、大きく括ればそうなるのかもしれない。彼女が託したメモ帳に書いてあったのはここの住所で、そもそもの発端は、彼女が僕に来て欲しいと言ってきたことだ。
「入るつもりはない」
「敬語」
「……です」
間髪入れず指摘され、渋々付け足す。
彼は頷いて、へえ、と間延びした反応を寄越した。
「清が毎日毎日言ってんだよ。めちゃくちゃ絵の上手い先輩がいるって」
お前のことだろ、と確信めいたトーンで問われ、言葉に詰まる。
「天才くんはこんな活動に参加するほど暇じゃないってか? まあそれならそれで、俺は別に――」
「絵はもう描かない」
思いのほか野太い声が出た。僅かに滲んだ焦りにも似た感情が、引き算のように冷静さを奪っていく。
どうしてこうも僕に構うのだろう。彼もそうだし、美波さんもそうだ。
僕は絵なんてどうだっていい。上手い下手も、単に事実がそこにあるだけで、上手いからなんだっていうんだ。僕にとってそんな事実は心底どうだっていい。
「それは、描きたくないって意味で合ってんのか?」
二重瞼の比較的はっきりとした目が、こちらを捉える。先程までのやや殺伐とした空気は消え、彼からは労りの気配がした。
「……描けと言われたら描く。特別描きたいとは思わない」