虹色のキャンバスに白い虹を描こう


どうして? 簡単なことだ。
別段何かに打ち込もうとする必要なんてないし、その何かが「絵」なのだとしたら、余計に。僕にはもう絵を描く理由が見当たらなかった。


「したくないと思ったから。それだけ」


本当に、それだけなのだ。
そこまでして縋るほど、僕は芸術に心酔なんてしていなかった。夢中でもなかった。たまたま他の人より上手くできた、それだけだ。

僕の端的な回答に、美波さんが黙り込む。彼女はしばらく逡巡するように唇を動かした後、意を決したように告げた。


「じゃあ、私が――私が航先輩に、もう一度絵を描きたいって思ってもらえるように努力します」


ぴんと伸びた背筋。意思の固さを示すかのごとくつり上がった眉尻。

やっぱり、僕には彼女がさっぱり分からない。理解できない。
どうしてそこまで僕にこだわるのか。構ってくるのか。それは最早うざったいという感情を通り越して、シンプルな疑問として胸中に鎮座していた。


「……僕が、そんなこと望んでないって言っても?」

「はい。だって、私が航先輩の絵を見たいので」


あまりにもきっぱりと言い切るものだから、何だそれは、と悪態をつきたくなった。
何なんだよ、本当に。暴論すぎるだろう。強引とか勝手とか、そんな熟語で片付けられる範疇を超えている。


「あんたさ……何なの。僕につきまとって楽しい?」

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