虹色のキャンバスに白い虹を描こう
母の日――ああ、そんなものもあったな、という感覚だった。確かにCMでは盛んにチョコレートやカレーを勧められていたような気がする。
「いや……別に、何も」
「ええっ、そうなんですか? でも来月は父の日ですし、名誉挽回のチャンスですよ!」
悪くない。彼女に悪気はない。
一度大きく息を吐く。
「……父親、いないから」
わざわざ言うほどのことでもなかったはずだ。彼女にそれを話したところで、この場の空気を乱すだけだろう。
案の定、僕が告げた途端、彼女との間に沈黙が落ちた。
どこかで鳥がさえずっている。葉と葉がぶつかって揺れる音も聞こえる。誤魔化すように、僕も鉛筆を動かした。
「はい」
出来上がったスケッチを、彼女に受け渡す。
美波さんの目が僅かに左右に振れて、それから遠慮がちに口を開いた。
「……綺麗です。航先輩の、カーネーション」
「まあ君よりはね」
「あの、」
「別にいいよ。いなくなったのはだいぶ前だから」
何となく、彼女に気を遣われるのは嫌だった。
妙な空気感が壁となって、縮まらない距離になる。それを放っておけば何重にもなり、きっと元には戻れない。
だから今、脆いうちに壊しておこうと思った。
「僕は父親のことが嫌いだし、悲しくも何ともない。あんまりいい思い出もないし」