虹色のキャンバスに白い虹を描こう


母の日――ああ、そんなものもあったな、という感覚だった。確かにCMでは盛んにチョコレートやカレーを勧められていたような気がする。


「いや……別に、何も」

「ええっ、そうなんですか? でも来月は父の日ですし、名誉挽回のチャンスですよ!」


悪くない。彼女に悪気はない。
一度大きく息を吐く。


「……父親、いないから」


わざわざ言うほどのことでもなかったはずだ。彼女にそれを話したところで、この場の空気を乱すだけだろう。

案の定、僕が告げた途端、彼女との間に沈黙が落ちた。

どこかで鳥がさえずっている。葉と葉がぶつかって揺れる音も聞こえる。誤魔化すように、僕も鉛筆を動かした。


「はい」


出来上がったスケッチを、彼女に受け渡す。
美波さんの目が僅かに左右に振れて、それから遠慮がちに口を開いた。


「……綺麗です。航先輩の、カーネーション」

「まあ君よりはね」

「あの、」

「別にいいよ。いなくなったのはだいぶ前だから」


何となく、彼女に気を遣われるのは嫌だった。
妙な空気感が壁となって、縮まらない距離になる。それを放っておけば何重にもなり、きっと元には戻れない。

だから今、脆いうちに壊しておこうと思った。


「僕は父親のことが嫌いだし、悲しくも何ともない。あんまりいい思い出もないし」

< 71 / 200 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop