虹色のキャンバスに白い虹を描こう
本当のことだ。そもそもあいつとの記憶なんてさほど多くない。むしろ、もう顔を合わせなくて済むとせいせいした。
ただ、この目だけは。あいつの遺伝子を受け継いで、正しい色が分からなくなったこの目は、永遠に僕からあいつの気配を忘れさせてはくれない。
「……君には悪いけど、僕は色覚異常を特別だなんて思わない。忌々しいよ。捨てられるなら捨てたいし、替えられるなら替えたい」
あいつのせいで、僕の世界はくすんでいる。汚れている。
現実を知る度に、自分の中にはあの男の血が流れているのだと実感して吐き気がする。
「あいつさえいなければ、僕は――」
「私の父、色盲なんです」
特別強い声ではなかった。それでも明確に僕の言葉を遮った彼女が、前を向いたまま続ける。
「私は父の色盲を受け継ぎました。お兄ちゃんは……兄は全然何ともないのに、どうして私だけなんだろうって、ずっと、本当は兄のこと、好きになれなくて」
懐っこく兄を呼んでいた彼女の声を思い出す。
心の奥底にしまわれた、淀みや穢れ。誰にでもある感情。あるはずの感情。彼女のような人間にはないのだろうと――僕が勝手に、決めつけていた感情。
「兄のことも、父のことも嫌いになってしまいそうでした。でもちゃんと知識をつけて分かったんです。父親だけが色覚異常の場合、子供にそれが現れることはないって」