クールなあなたの愛なんて信じない…愛のない結婚は遠慮します!
約束の日、梓は塾の講義が終わると急いで航の会社までタクシーを飛ばした。
車は空いていたから、午後9時過ぎにはビルの通用口に着いていた。
ガードマンは兄の会社のスタッフだから梓も顔見知りだが、
業務中なので無表情のまま本人確認をし、ビル内に梓を迎え入れてくれた。
航の部屋は、この前清掃スタッフの代理として入ったから覚えている。
ふいに、彼のキスを許してしまった事が蘇った。
『今、思い出しちゃダメだ。』
彼の抱擁、彼の唇を今は忘れなくては…。
気を取り直して軽くノックをすると、航が直接ドアを開けてくれた。
「こんばんは。遅くなってごめんなさい。」
「いや…。」
航は少し疲れた様子だった。髪が乱れ、スーツの上着は脱いでいた。
ソファーで休んでいたのかもしれない。
「そこに座って。」
「ええ…。」
あのコーヒーを溢したデスクの奥の窓際に彼は立っていた。
夜空を背景に、その表情は暗い。
少し離れたソファーに座って、梓は彼と向き合った。
「あの子は…。」
「名前は、屋代美晴です。」
「美晴は、俺の子なんだな。」
「ええ、あなたの子です。」
躊躇なく答える梓に、航の声は少しづつ厳しいものになっていった。
「妊娠が…あの日、わかってたのか?」
梓は気持ちを落ち着ける為に、スーッと深呼吸してから答えた。
「そうね。カフェであなたに会う前の日にわかったわ。」